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散歩の道を振り返る――誰が憲法の意味を決めるのか (第12回)

学習院大学名誉教授 戸松秀典

1 控えめな態度

 このコラムは、今回で12回目、つまり開始後ちょうど1年が経ちました。関心を向けていただいた読者の皆さんに感謝申し上げます。

 さて、憲法について、散歩をしながら考えるという発想で通してきたので、今回は、ちょっと立ち止まって、その散歩の道を振り返ることにします。本当は、読者の方からのご意見や感想に照らして、いままで述べてきたことを再検討するのが適切なのですが、残念ながらそれができない状態です。ご感想を全く受けなかったわけでないのですが、それは、儀礼的で好意的な内容ばかりですし、反論といえるような意見をいただいたことがなく、その結果、述べたままの状態となっています。ここには、何となく気にしている日本的特徴が現われているようです。一言でいえば、露骨な論争を避ける、つまり控えめな態度がよいマナーであるとする傾向がそれです。

 ところが、この指摘が自分自身についてもいえることではないかと気付きました。そもそも第1回において、「本欄で考える事項の候補から、天皇制と平和主義の規定のことを除くことにします」と断っていること自体に、本欄で私が語ることが挑発的であったり、過激であったりしてはならないとの思いがあります。控えめな態度で、日常生活のなかで目にする事象を、憲法秩序に照らして考えてみることにしました。多少は、問題点、疑問点を指摘しましたが、それが特異なことで、異論が続出しそうなことではなかったように思っております。

 このように振り返るとき、そういえば各回の執筆時に、こんな柔らかな論調では、そっぽを向かれるのではないかと、気にしたことが思い出されます。読者の中には、内心では、冗談じゃない、憲法の問題はそんなに気楽でなく、もっと深刻なことに満ちているといわれるのではないかと覚悟していました。

 この反省のもとに、少々立て直しを図ろうと思っていたところ、本欄の編集部から、1年の連載で終わらず、つづけてよいとお話をいただきました。そこで、次回からは、これまでとは少々論調の異なる内容とするつもりでおります。

2 憲法の意味の決定者

 論題や論調の色彩を変えるにあたって、あらかじめ確認しておくべきことがあります。

 それは、法的問題において、憲法にかかわる論点について紛争となり、論議が闘わせられるようになったとき、誰がその紛争の解決をし、論議の決着をつけるのかということです。

 これについて、憲法のことに通じている人は、81条を根拠に、最高裁判所が最終的には何が憲法の意味であるかを決定する権限をもっていると答えるはずです。このように最高裁判所が憲法の意味の決定者であることは、憲法の70年の体験を経てかなり理解が浸透してきているようですが、ここで改めて確認しておきたいと思います。

 まず、憲法の意味の決定者が国会であると信じている国会議員がいたことを例に出します。彼によれば、国民の代表者で構成されている国会は、憲法が41条で国権の最高機関であると定めているのだから、憲法の意味についても当然最終の決定者であり、最高裁判所がそれに対抗する判断を下すことができないとの意見を述べました。これに対して、国会議員でありながら、憲法の設けている司法審査制(注1)を知らないなどと少々軽蔑した批判が投じられたので、ご存知の方も少なくないと思います。

(注1)憲法81条の定めているところを、私は、司法審査制と呼ぶのですが、違憲審査制とか違憲立法審査制とか呼ぶことも少なくない。このことは、戸松秀典・憲法訴訟第2版(有斐閣、2008年)43頁への参照に委ね、立ち入らない。

 次に、憲法99条は、公務員に憲法の尊重擁護義務を課しています。したがって、裁判官を含めた公務員は、法律の適用、執行にあたって、何が憲法の意味であるかを決定する必要があります。とりわけ、行政権の権限行使にあたり、そのことは重要な意味をもちます。たとえば、自分が公務員であるとして、適用し執行する法律の規定が憲法違反だと判断したとき、この義務に従って、上司の命令に反してでも法律の適用や執行を止めてよいかという問題が法学部で学ぶとき考えさせられます。ここでは、それへの解答を読者に委ね、このような問題がからむことから明らかなように、何が憲法の意味かということを、最終の決定者である最高裁判所の解答を待って行動に移すことなど日常的には不可能だということを指摘するにとどめます(注2)。

(注2)国会が制定した法律は、合憲性推定の原則のもとに、適用、執行されるのだということを指摘しておきますが、これとていろいろ説明する必要があり、簡単なことではありません。

さらに、憲法学研究者(憲法学者とも呼ばれる)の中には、社会で生じている憲法問題について尋ねられると、憲法違反(違憲)だとか、違憲とはいえないと自信をもって断定し、説明する場合がよくあります。しかし、それはあくまで専門家的見解に属することで、憲法秩序における法的意味そのものとはいえません。

 ところが、最高裁判所が憲法の意味の最終的決定者であることを前提としても、問われている問題にかかわる憲法の意味が必ず明確に決定されるわけではないことをも予め認識しておかねばなりません。そもそも論争の対象となっている問題がすべて最高裁判所の判断を仰ぐことにはならない。下級審の裁判所からはじまる法的紛争には、訴訟手続き上の要件が充足されなければならないし、最上級審の最高裁判所に至っても、最高裁判所が憲法判断をしないこともあります。

 以上は、概略を述べただけですが、憲法にかかわる問題の解決にはまことに複雑な事情が存在しているのです。

3 次回以降の予告

 憲法の問題を解決することにかかわる以上のことを背景にして、前述したように、次回からは、散歩しながら目にするような事象とは異なり、必ずしも身近だとはいえない問題をとりあげることにします。

 憲法問題は、ともすれば難しいと受け取られがちです。それを真っ向から否定するつもりはないですが、すこし視点を変えたり、新たな観点に立脚したりすると案外易しい問題となることがあると、私の憲法研究者としての体験からいうことができます。また、科学技術の発達や人間の行動の急激な変化により、これまでに思いつかなかった問題に出会い、憲法秩序の新たな構築が求められる事態も生じています。そうした問題を取り上げて有効な解決策を提示できる能力など、私には到底発揮できないのですが、少なくとも問題点の指摘をすることができるので、読者の皆さんと考えていきたいと思っております。

 次回は、最高裁判所が憲法問題に対する権限を行使した最近の例(注3)をとりあげることにします。それは、上述した、誰が憲法の意味を決めるのかという問いを具体的に考えるのに適していると思うからです。

 (注3)それは、夫婦同氏制を定める民法750条が憲法14条や24条に違反しないと判決した最大判平27・12・16民集69巻8号2586頁、判時2284号38頁です。戸松秀典=初宿正典・憲法判例第8版(有斐閣、2018年)108頁のⅢ-3-16を見ることをお勧めします。

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■著者プロフィール


tomatsu_pf.png 戸松 秀典 憲法学者。学習院大学名誉教授。

1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。

●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)『憲法判例(第8版)』(有斐閣、2018年)、など著書論文多数。

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