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憲法・国法秩序に大変革が生じるか --(第36回)

学習院大学名誉教授 戸松秀典


はじめに

 毎日の散歩は、健康維持のため欠かさず続けるように努めています。ところが、最近は、散歩中に、スマホを見つめながらやってくる人と衝突しないよう、また、スマホ片手にのろのろと蛇行しながら先行している人と接触しないよう、さらに、スマホ片手に走ってくる自転車を避けるよう気遣うことが常です。そのため、気分転換したり、何かを考えたりして歩くことが困難だし、危険でさえあります。ひたすら緊張して、身辺に注意を払いながら歩く必要があります。

 散歩の性格がこのように変わったことを、帰宅後考えてみました。そして、現在の憲法・国法秩序は、散歩で体験している異常さに等しい状態に満ちているのではないかと思いました。そこで、今回は、世の中の異常さに目を配り、憲法・国法秩序において認識せねばならないことを指摘しておこうと思います。それについての深めた考察は、今後の課題です。

1 デジタル化

 まず、歩きながらスマホを見ている――いや、スマホを使用しているといった方が正確かもしれません――姿から、あらゆるところでデジタル化が進行していることを想像します。アナグロからデジタルへといわれているように、日常の仕事や生活では、スマホだけでなくパソコンを媒介して、デジタル情報を利用することが圧倒的に多くなっています。その実態を正確に描くことは困難ですが、とりあえず、私個人のデジタル化なる変化に焦点をあててみます(注1)。

(注1)読者ご自身がデジタル機器にどのようにかかわっているか、見つめていただいた方がよいかもしれません。

 そもそもこのコラムの作成は、パソコンのディスプレイに向かってキーボードを打っているので、かつての原稿用紙に万年筆で文字を記すという作業と異なります。これをデジタル化の一面だといえますが、そこでは、電子化された情報を検索、収集、加工する作業が主たる役割を占めていることに特徴があります。

 このようなことは、10年以上前からやっておりましたが、近年では、アナログ世界での作業からかなり離れております。たとえば、憲法研究者として憲法判例の考察をする場合、判例集という印刷物を相手とするよりも、パソコンにより判例データにアクセスして、目当ての判例を検索し、ダウンロードし、加工し、原稿に貼付するなどといった作業をします。法令や著作文献の検索や参照もデータベースに頼ります。

 このような様子は、研究者や法実務家についても同様だといってよいと思います。そして、現在、裁判手続きや行政手続きにおいても、デジタル化が進行していることを併せて指摘しておきます。この指摘は、日本の現状では、デジタル化が遅れているとの非難発生の懸念を伴っています(注2)。

(注2)それ故、後に本欄で取り上げるテーマとなります。

 そこで、上述のはじめの場面にもどります。多くの人々がスマホを手にして行動しているところでは、デジタル化した大量の情報が行き交っていることは確かです。

 スマホの使用者は、大量の情報を取得するだけでなく、自ら情報の発信をしており、そこにはどれほどの情報量が存在しているのか、正確につかむことができないようです。また、スマホやパソコンを使用しての個人の意思疎通は、会話をしたり文字で意思を伝えたりするコミュニケーションとは比較しようのないほどの規模や量だといわれています。そこから、SNSによる誹謗中傷、情報操作、誤解、誤報といった弊害が生じていて、従来の言論、表現の自由の保障のもとで形成されていた法理や考察法に再検討が求められています(注3)。

(注3)これについても、後の本欄で取り上げることとします。
 

 さらに、第14回「個人の尊重、個人主義、そしてAI」で一度ふれたことがあるAIの活用についても、異常とはいえないにしても、大きな変化です。これに加え、選挙過程でのデジタル化についても、おおいに注目させられます(注4)。

(注4)本年でなくとも来年には衆議院総選挙が行われはずですので、それとの関連でデジタル化の様相を考える予定です。
 

 以上は、デジタル化に関するごく概略の観察ですが、一般の人々は、このデジタル化に十分順応しているのかとの関心を抱いております。私の印象では、西欧諸国と比べ、日本ではデジタル化に後れをみせている分野や組織・機関などが少なくないといえるからです。

2 コロナ異変

 以上に概略ながらみたデジタル化は、現在直面しているコロナ禍(注5)と無関係に語ることが不可能です。

 コロナウイルスの感染状況は、刻々と国内だけでなく全世界について伝えられていますが、これは、データの収集伝達が発達したITによりなされているからです。そして、検討すべき問題は少なくないのですが、憲法・国法秩序にかかわる主要な点を指摘しておきます。

(注5)新型コロナウイルスの感染問題が進行している事態を指しますが、本欄でも第33回と第34回で取り上げました。

 まず、上で見たデジタル化との関連で、日本は、新型コロナウイルス対策に必要なデータが先進国の中で大きく見劣りする、との報道を目にします(注6)。

(注6)日本経済新聞2020年6月6日朝刊。以下では、コロナ禍に関する情報を提供している新聞紙やネットニュースの所在を省略します。

 また、マイナンバーシステムの不十分さに触れざるを得ません。4月に発せられた個人への10万円給付は、この制度が整っていたなら短期間で済むはずが、何か月もかかり、おまけに二重三重の給付がなされるという不祥事が生じています。同じような給付が1か月で済んだとの外国の例を知り、日本の後れを感じたのは私だけではありません。

 このような他国と比べて日本が後れていることは、新型コロナウイルスの感染拡大とともに生じているこどもの教育停滞に対処する施策にも現れています。コロナ禍の休校中に実施する予定の遠隔(オンライン)学習に必要な端末配備がかなり後れていることがそれです。大学でのオンライン授業についても、同様な後れが指摘されています。

 さらに、経済活動にもたらしているコロナ禍についても、企業収益の減少や倒産、自主規制による損失に対する無補償、補助金や支援金の支給の不十分さなどといった事態に注目させられます。そこには、経済活動の自由や財産権の保障に関する従来の法理論の実効性が変化しているのではないかと、気になります。また、企業の活動の変化には、企業の従業員の勤務形態がテレワークとかリモートワークなどと呼ばれる様相を伴い、従来の労働基本権や勤労権保障の意味の見直しが求められています(注7)。

(注7)これらのことへの立ち入った考察も、別の機会に行う予定です。

 もう一点、コロナ禍における地方自治体の様相についても指摘しておきます。

 連日の報道で、新型コロナウイルスの感染者数が都道府県ごとに伝えられています。そのような都道府県の地域割りに基づく注目が有効な意味をもつのか大いに疑問です。実際に、感染拡大への対処法について、関東では、都と埼玉、千葉、神奈川の三県が連携し合って検討しているし、関西圏、中国地方などでもそのような広域での検討がなされています。ここから、もはや都道府県単位の自治体より道州制の区域の方に意味があるのではないかとの疑問が生じます(注8)。

(注8)本欄でしばしば言及している道州制や参議院改革を含めた考察も、今後の課題です。

3 今後の予想と期待

 以上は、現在体験している異常さの概略です。そこに認められる問題については、今後個別にとりあげて検討していくつもりです。ここでは、本欄が4年目を迎えるので、これまでを振り返りながら、今後の憲法・国法秩序のことを考えておこうと思います。

 まず、これまで掲出したコラム記事を読み返してみると、現在感じているような異常さは存在しなかったと言ってよさそうです。もちろん、法秩序の在り方として満足のいかないこと、改革を必要とすることは指摘してきました。しかし、今回出会っている異常な状態は、既存の法制度や法的分析手法では打開できない問題だといえるのではないでしょうか。これは、これまでの体験とは大きく異なるため、憲法・国法秩序に大変革を生じさせる必要があるのではいかと思い、少々大袈裟なテーマを掲げてみたのです。

 上述のように、異常さに伴い引き出される問題は、憲法の保障する自由の破壊を食い止めることと、民主主義の維持に努めることに結びつくと思えます。これまでの考察の中で、しばしば日本社会や政治過程が改革志向でないと指摘しました。変化をもたらさない穏やかな動向のなかで、予想などしなかった事態となっているのがコロナ禍です。もはや、従来通りの穏やかさでは、現状の困った事態を脱しきれず、不幸に陥るばかりではないでしょうか。今回のテーマを掲げたのは、大改革への強い期待を込める意図があるからです(注9)。

(注9)「コロナ後」のテーマを掲げた論説や書が登場していますが、コロナ禍の終息がどのような具合で生じるのかが不明な現段階で、説得力ある内容を展開できるのか疑問です。

■筆者後記
 冒頭の写真は、水槽の中を泳ぐカクレクマノミです。


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■著者プロフィール


tomatsu_pf.png 戸松 秀典 憲法学者。学習院大学名誉教授。

1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。

●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)『憲法判例(第8版)』(有斐閣、2018年)、など著書論文多数。

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