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なぜ「毒見役」だった?『薬屋のひとりごと』日向夏さんが歴史ツアーへ!

薬屋のひとりごと

 2023年10月にアニメ化が予定されている、注目の中華風ファンタジー『薬屋のひとりごと』。花街の薬屋の少女・猫猫(マオマオ)が人さらいに遭い、後宮に売られて下女に。ひょんなことから帝の寵妃・玉葉や宦官・壬氏(ジンシ)に気に入られて毒見役となり、好奇心と知識で宮廷の事件を解決していくというストーリーだ。ヒーロー文庫(イマジカインフォス)で小説が書籍化、スクウェア・エニックスと小学館でそれぞれマンガ化されている。


 そんな『薬屋』の原作者・日向夏さんが、東洋史の学芸員・研究者と出会ったら......? BOOKウォッチの連載「マンガでひらく歴史の扉」では、福岡県在住の日向夏さんをゲストに招き、東京都駒込にあるアジア最大級の東洋学研究図書館「東洋文庫」を繋ぐオンラインツアーを実施した。

 案内役を務めたのは、東洋文庫の学芸員・篠木由喜さんと、アジアの医療史に詳しい奨励研究員・多々良圭介さん。篠木さんは『薬屋のひとりごと』の大ファンで、以前その魅力を熱く語ってくれたことも。<アニメ化決定『薬屋のひとりごと』 マオマオが勉強したかもしれない"薬草図鑑"って?【マンガでひらく歴史の扉 8】

 2人が日向夏さんを案内したのは、東洋文庫ミュージアムで開催中の「東洋の医・健・美」展(会期:2023年9月18日まで)。東洋文庫所蔵の名著でアジアの医療史をたどる、まさに『薬屋のひとりごと』にうってつけの展示だ。日向夏さんは、東洋文庫のことはもともと知らなかったそうだが、展示の図録を見て「いい本ばかりですね!」と興味津々だ。

『薬屋』でいう「西方」ってどのへん?

 展示入口のコーナーでは、中国最古とされる薬物学書『神農本草経』が出迎える。篠木さんはさっそく、『薬屋のひとりごと』に関する独自の考察を披露した。

『重輯神農本草経』森立之 1854年江戸刊
『重輯神農本草経』森立之 1854年江戸刊

篠木さん(以下、篠木) 医療と農耕の知識を広めたとされる伝説上の人物・神農は、自分の身体を使って毒や薬を試したと伝わっています。猫猫も毒を飲んだり、腕を傷つけて試したりしているので、「これって神農じゃない!?」と思ったのですが......日向夏先生のイメージはどうですか?

日向夏さん(以下、日向夏) 私のイメージは、かなり前にテレビで見た沖縄のハブおじさんです。ハブに自分を噛ませて血清を作っていたっていう。

篠木 なるほどそっちか! ハブおじさんは現代の神農かもしれないですね......。


 「医・健・美」展の入口には、中国だけでなく、インドからイスラム圏まで、アジア各地の史料が展示されている。


篠木 猫猫の育ての親で医者の羅門(ルォメン)は、「西方に留学したことがある」という設定ですよね。私はイスラム圏あたりなのかなと思っているのですが、どの辺のイメージなんでしょう?

日向夏 作中で書けるかわからないですが、かなり西のほうですね。マンガ『からくりサーカス』(小学館)の白銀(バイイン)と白金(バイジン)みたいな感じです。(※藤田和日郎さんのマンガ『からくりサーカス』のキャラクター・白銀と白金は、中国出身の兄弟で、錬金術を学ぶためにチェコのプラハに渡る)

多々良さん(以下、多々良) なるほど。つまり西洋まで行っている、ということですね。

日向夏 はい、イタリアやフランスのイメージです。そこまで行っちゃったほうが読者の方にとってはイメージしやすいと思うので。

多々良 そうですね、羅門が会得した知識からのイメージだと、ギリシャ・ローマ医学かなという印象でした。ルネサンスあたりの雰囲気が頭の中に浮かびます。または、エジプトもありかなと。ミイラを作っているので、解剖がそこまでタブー視されていなかったんです。

篠木 この妄想は、中世ヨーロッパの医学知識は紀元前にギリシアで生まれた医学がイスラム圏で深まって、それを逆輸入する形で使っていたという歴史的背景があります。こんな感じで妄想考察を楽しませてもらっています(笑)。

日向夏さんが影響を受けた作品は?

 ここで、篠木さんは、一番の疑問を日向さんに投げかけた。


篠木 そもそも、なぜ毒に詳しい少女の話を書こうと思ったんですか?

日向夏 実は、もともと構想していたのは、鉱山で下働きをしている元娼婦で、3人の子どもがいるシングルマザーの話だったんです。

篠木・多々良 ええっ!?

日向夏 でも、この設定だと一般ウケしにくいじゃないですか。それで、元娼婦という設定を花街出身の娘に変えて、鉱毒はおしろいに含まれる鉛白の毒にして序盤のエピソードに盛り込みました。日本だと宮廷に入るのは難しいですが、中国の後宮なら、身分が低い娘でも比較的簡単に入ることができたんです。それで、中華風の架空の王朝を舞台にしました。

篠木 でも、その設定のせいで唐代の歴史をものすごく勉強することになったんじゃないですか?

日向夏 もともと悪女が好きで、悪女ばかり調べていた時期があったんですよ。なかでも一番好きなのが、唐に代わって武周朝を建てた中国唯一の女帝、武則天。だからその時代の知識はあったんです。

篠木 なるほど! 『薬屋のひとりごと』にも、明らかに武則天をイメージしたキャラクターが出てきますもんね。

日向夏 その通りです。歴史上の人物に似たキャラクターを入れておくと、読者の方がイメージしやすいんですよ。

篠木 唐代や悪女への興味は、どこから生まれたんですか?

日向夏 影響を受けた作品がたくさんあります。『雲のように風のように』としてアニメ化された、酒見賢一さんの中華風ファンタジー『後宮小説』(新潮社)はとても面白くて、『薬屋』でもインスパイアしていますね。それから『薬屋のひとりごと』に登場する妃・玉葉の名前は、小野不由美さんの『十二国記』(新潮社)から取っています。他にも、雪乃紗衣さんの『彩雲国物語』(KADOKAWA)も大好きなんですが、影響を受けすぎてはいけないと思って最後まで読んでいないんです(笑)。

篠木 うわーっ、『十二国記』も『彩雲国物語』も大好きです!

日向夏 日本の作品では、よしながふみさんの『大奥』(白泉社)が面白いですね。あとは、氷室冴子さんの『ざ・ちぇんじ!』(集英社)なども参考にしています。あと大枠のモデルは唐代と言っていますが、文化レベルは近世ですね。いろいろちゃんぽんにしていますが、実は古代じゃないんです。

食事シーンはどう書いてる?

 貴重な誕生秘話を伺ったところで、続いての展示室へ。ここでは、中国の食や体育など幅広い史料を展示している。古くから、健康維持のために食事や運動が重視されていたことが窺える。


篠木 こちらは、後漢時代の古墳から出土した絹布に描かれていた健康体操の図です。猫猫たちがこんなゆるい体操をしていたらかわいいな~なんて、勝手に想像しています(笑)。

「導引図」(『馬王堆漢墓絹本』より)紀元前168年以前成立、1972年北京刊
「導引図」(『馬王堆漢墓絹本』より)紀元前168年以前成立、1972年北京刊

篠木 今でも中国で遊ばれている羽根蹴りの羽根や、サウナの効用を説いたお経なども展示しています。こちらの『飲膳正要』は、中国最古の栄養学の専門書です。『薬屋のひとりごと』にも、食事に関する知識がたくさん出てきますよね。

『飲膳正要』忽思慧 1320年成立 20世紀刊
『飲膳正要』忽思慧 1320年成立 20世紀刊

篠木 『飲膳正要』は皇帝の長寿のために書かれたので、主な内容は治療というよりも、健康な人が健康を維持する方法です。何十種類ものスープの作り方と効用や、「豚肉を牛肉と一緒に食べることはできない」とか「ラムレバーは胡椒をかけて食べられないのが悲しい」とか......でも、根拠はあまり書いていないんですよね(笑)。

多々良 遊牧民の知恵かもしれませんね。『飲膳正要』のルーツは、モンゴルの元朝です。彼らは羊を中心にさまざまな肉を食べました。

篠木 確かに、羊肉のことがたくさん書いてあります。

多々良 食といえば、『薬屋のひとりごと』には燕燕(エンエン)という料理上手なキャラクターがいますね。猫猫も料理ができないわけではないですが、燕燕が『薬屋のひとりごと』の食の部分を担っているんでしょうか?

日向夏 いやー、あれは猫猫にとっては、「人の作ったメシは美味い」ということですね。

篠木・多々良 あ~(笑)。

篠木 料理の描写は、唐代の食事の史料を参考にされているんですか?

日向夏 いや、特にそういうことではないんです。材料がその時代に手に入るんだったら、レシピが残っていなくても作られる可能性はあるよね、と。現代中国のレシピを見ながら「この材料ならいける」と考えて書いています。

篠木 最近、李医官というキャラクターがプロテインらしきものを飲み始めてるじゃないですか。私あれにめちゃくちゃ笑ってます。

日向夏 大豆の粉と山羊の乳の混ぜ物ですね。材料としてはありえるんで(笑)。もしかしたらこういう飲み方をした人がいたかもしれない。

篠木 で、筋肉がめちゃめちゃ育った人がいたかもしれない(笑)。食べ物に限らず、たくさんの科学知識も出てきますが、普段どうやって調べているんですか?

日向夏 まずは学校で習った知識から絞り出して、インターネットで調べて、それだけでは信憑性に欠けるので本で調べるという流れですね。いきなり本から手をつけると、膨大すぎるので。

篠木 なるほど! いやー、すごい勉強量だと思います......。


 展示ツアーの続きは後編へ。さらに専門的な医療書や、『薬屋』ファンが気になる地図の謎も登場する。お楽しみに!


「東洋の医・健・美」展

【会期】2023年5月31日~9月18日

みなさま、日々健やかにお過ごしですか。身体に痛いところはありませんか。昔より風邪が治りにくくなった、漠然とした病気への恐怖に日々怯えている、そんなことはありませんか。
本展では、古来アジアの人々がどのように、不調や怪我、病気と向き合ってきたのかを、東洋文庫が所蔵する医療史の名著でたどります。この企画展が、あなたの知的好奇心を満たすサプリメントのようになれば嬉しいです。
〈東洋文庫〉
1924年に三菱第3代当主岩崎久彌氏が設立した、東洋学分野での日本最古・最大の研究図書館。国宝5点、重要文化財7点を含む約100万冊を収蔵している。専任研究員は約120名(職員含む)で、歴史・文化研究および資料研究をおこなっている。

※取材協力:イマジカインフォス、公益財団法人東洋文庫


    
  • 書名 薬屋のひとりごと
  • 監修・編集・著者名日向夏 著、しのとうこ イラスト
  • 出版社名イマジカインフォス
  • 出版年月日2014年8月29日
  • 定価638円(税込)
  • 判型・ページ数文庫判・328ページ
  • ISBN9784072981986

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