1年ほど前に、一眼レフのカメラを買った。レンズと合わせて11万円ちょっと。思い切った買い物だったけど、写真がうまくなれば仕事にも役立つし、お気に入りのカメラはきっと、出不精のわたしを外に連れ出してくれる。そんな期待もあった。けれど、トリセツやウェブのノウハウ記事をいくら読んでも、どうすれば思うように撮れるのかがわからない。そうしてカメラは箱の中へ。「いつかやりたいこと」リストには、「写真」が加わった。
そこで連載3回目となる今回は、写真家の幡野広志さんに「いい写真」の撮り方を教わることに。幡野さんは近年、初心者向けのワークショップで写真の「いろは」を教えている。このたび、その内容をまとめた著書『うまくてダメな写真とヘタだけどいい写真』(ポプラ社)を上梓した。
記者が幡野さんを知ったのは、写真よりも文章が先だった。深く、温かく、時に鋭く胸に刺さることばは、幡野さんが撮る写真に通じる。どんな人なんだろう、とドキドキしながら、取材場所へ向かった。
――こんなカメラを買ったんですけど......(恐る恐るカメラを取り出す)、どれにしようかすごく迷って、結局デザイン重視で。
幡野さん(以下略):なるほど、いいじゃないですか! デザインが好きって、大事ですよ。
――でも、恥ずかしながら、あまり使っていなくて。実は、今日のような取材記事に載せる写真をうまく撮れるようになりたいっていうのも、目的のひとつだったんです。過去記事をご覧になって、どう思われましたか?
古賀史健さんへのインタビューですよね。う~ん、そうだな......。写真について言うなら、ちょっと考えが足りないかな、とは思いました。写真は、考える仕事ですから。
――やはりダメですか......。これでも一応、いい表情をおさえようと考えて撮ったつもりだったのですが。
いや、そもそも古賀さんはライターなので、顔写真である必要がないんですよ。取材相手が顔で売っている人ならいいけど、そうじゃないなら顔メインで撮らなくていい。だって、記者さんだったら自分の顔、撮られたいですか?
――(うっ)いやですね~、絶対に。
でしょ? カメラを向けられるのって、たいていの人はストレスに感じるものです。写真を撮るときは、まず被写体の気持ちを考えるってことが大事なんです。
――なるほど。インタビューといえば顔写真っていう思い込みがありました。となると、どんな写真がいいでしょう?
その人が得意なことをしている姿を撮るのが一番です。たとえば、ラーメン屋の店主の方が腕組みしてにらみつけてる写真とか、あれ、本人はたぶん嫌だと思うんですよね。ぼくならラーメンを作っているところを撮ります。古賀さんだったら、原稿を書いている姿を横から撮る。
子どもの写真を撮るときも、「こっち向いて」とか「笑って」とかって声をかけずに、なにかに夢中になっているところを離れて撮るんです。距離感も大事。そして撮られるのを嫌がる年齢になったら、もうカメラを向けちゃダメです。被写体を尊重するってことを、第一に考える。写真は人間関係を反映します。
――「考える」って、そういうことなんですね。いい表情をおさえよう、ブレないようにうまく撮ろうってことばかり気にしていました。
その「うまく撮ろう」っていう考え方が、写真についての最初の誤解なんですよ。ヘタでもいいからたくさん撮る。その中に、いい写真が必ずあるはずです。
――本にも書かれていますね。「うまい写真」と「いい写真」は違う、と。
そう。ぼくは、写真には「うまい・ヘタ」と「いい・ダメ」の2つの評価軸があると考えています。「うまい写真」=「いい写真」とは限らない。写真を楽しむなら、「ヘタだけど、いい写真」をめざすといいです。
――「ヘタだけど、いい写真」と言うと?
たとえば、ぼくは写真家ですし、周りに写真がうまいヤツはいっぱいいるんですけど、子どもが生まれて育児の世界に入って、すごくショックを受けました。世のパパママたちの写真は、ヘタなんですけど、あれ? めちゃくちゃいいぞって。ぼくらは「うまい写真」を撮れるけど、子どもに関して言えば、パパやママのほうが圧倒的に「いい写真」を撮ります。ペットもそう。飼い主さんが撮る写真にはかないません。結局、関係性なんですよ。
――そう言えば、子どもの写真で、ピントさえ合っていればっていうのがよくあるんですよね。惜しいな~これって思ってたんですけど。
その話を聞いただけでも、いい写真だってわかる。ヘタかもしれないけど、それはきっと、いい写真です。ピントが合ってなきゃいけないっていうのも誤解。そんなことは全然なくて、ピントなんて気にしなくたっていいんですよ。
――本の中に、奥さまが撮った写真がありますよね。「ヘタだけど、いい写真」って書かれていますが、わたしは「うまい!」って思いました。
あれは、ぼくが設定したカメラを使って、ぼくが現像しているからっていうのがあると思います。彼女が撮った元の写真は、「ヘタだけど、いい写真」。そこに写真のトーンとしての「うまい」が加わっているんです。逆に、写真ってそれだけで、ぐっとよくなるんですよ。設定と現像のやり方を覚えるだけで、質感としてよくなる。
――設定と現像についてはこの本を読むとして、いい写真を撮るために、ほかに心がけることはありますか?
とにかくたくさん撮ることですね。1日どこかへ出かけたら、500枚は撮るくらいの気持ちでいるといいと思います。そうすれば、絶対に何枚か当たりがありますから。野球と一緒で、イチローは球が3球きたらヒットを打てるけど、ぼくには無理です。でも、500球きたら1回くらいは当たると思う。さすがに目が慣れるでしょ。ヘタな鉄砲も数打ちゃ当たるんですよ。それがダサいって思う人もいるかもしれないけど、いい写真を撮るには、すごく大事なことです。
――なるほど。これまで写真は難しそうって思っていたのですが、今日、お話を聞いてハードルが下がりました。
ぼくは、世の中の写真に対する誤解を解きたいって思っています。だって、写真を撮っていると人生が楽しくなるから。旅行と写真、料理と写真、〇〇と写真っていうふうに、何にでも上乗せできる趣味って、ほかにあまりないと思うんですよね。
写真は人をしあわせにします。ヘタでいいから、楽しんでほしい。いま、なかなかいないでしょ、人生楽しいって言い切れる人って。
確かに、これまで連載で紹介してきた「日記」にしても、「DIY」にしても、写真を上乗せすればさらに楽しくなるに違いない。幡野さんの著書『うまくてダメな写真とヘタだけどいい写真』では、今回伺ったお話のほか、カメラについての誤解を一つひとつ、ていねいに解いていく。話し口調そのままに書かれた文章は読みやすく、たまにグサっとくるけど、やっぱり温かくて、腹落ちする。
「写真はいつか宝物になります」と幡野さんは言う。「自分の宝物にも。誰かの宝物にも」。その「いつか」を楽しみにこれからを生きられるって、素敵だ。カメラを持って、外へ出かけよう。臆せずシャッターを押そう。何度も、何度でも。
■幡野広志さんプロフィール
はたの・ひろし/1983年、東京生まれ。写真家。2004年、日本写真芸術専門学校をあっさり中退。2010年から広告写真家に師事。2011年、独立し結婚する。2016年に長男が誕生。2017年、多発性骨髄腫を発病し、現在に至る。近年では、ワークショップ「いい写真は誰でも撮れる」、ラジオ「写真家のひとりごと」(stand.fm)など、写真についての誤解を解き、写真のハードルを下げるための活動も精力的に実施している。著書に『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』(PHP研究所)、『写真集』(ほぼ日)、『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』『息子が生まれた日から、雨の日が好きになった。』(ポプラ社)、『なんで僕に聞くんだろう。』『他人の悩みはひとごと、自分の悩みはおおごと。』『だいたい人間関係で悩まされる』(以上、幻冬舎)、『ラブレター』(ネコノス)がある。
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