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あの子を狂わせたのは私――口を閉ざし続けた双子の悲劇

Hariki

Hariki

増補決定版 沈黙の闘い

 もし、自分がもう一人いたら、あなたは仲良くなれるだろうか。それとも憎み、傷つけ合うだろうか。

 お互い以外の人と一言もしゃべらない、ある双子の少女がいた。幼いうちは両親や教師も「話すのが苦手なだけ」と思っていたが、年齢を重ねても変わらず、そればかりかだんだんひどくなる。大人だけでなく友達とも話さず、どこへ行っても馴染めず、家の2階に閉じこもるようになり、やがて、ある事件を起こす......。

 イギリスのジャーナリスト、マージョリー・ウォレスさんが彼女たちの生い立ちを追ったノンフィクション『The Silent Twins』は、1986年に出版されベストセラーになった。何度も映像化・舞台化され、2022年にはアメリカで映画化された。そして2023年5月25日、1990年刊行の日本語版に新たに3章分を加えた『増補決定版 沈黙の闘い もの言わぬ双子の少女の物語』(大和書房)が発売された。


 2人は口で話さないかわりに、膨大な量の日記を書いていた(罫線1行分になんと4行も詰め込んでいた)。関係する人々の話を聞くと、その記録は驚くほど正確だとわかった。このウォレスさんは日記を読み解くことで、双子の生い立ち、そして周囲の人が困惑している間に2人が何を考えていたのかを、事細かに知ることができた。

あの子は「悪魔」

 1963年4月11日、イギリスで、先に姉のジューンが、10分遅れて妹のジェニファーが誕生した。ごく普通の幸せな家庭だった。両親はカリブからの移民で、すでに姉と兄が1人ずつおり、あとから妹が1人生まれた。双子は話し始めが遅かったが、幼いうちは特に問題があるとは思われなかった。

 8歳頃になると、双子の「話さなさ」が顕著になってきた。同じ学校に黒人がほとんどいなかったのも沈黙の原因の1つのようだ。双子は同級生からからかわれ、いじめられ、固く口を閉ざして2人の世界に閉じこもっていった。その頃には下の妹ロージーを除いて、家族ともほとんど言葉を交わさなくなっていた。

 ここまでを見ると、2人の仲があまりにもよすぎて、外の世界を怖がっているのではという印象を受ける。しかし2人の間に起こっていたことはどうも違うらしい。当時の教師の1人が、なんとジェニファーを「悪魔」だったと振り返っている。

「もしもジェニファーがジューンを意のままに操れなかったならば、ジェニファーだって悪魔にはならなかったでしょうし、ジューンも普通の子どもとして成長したのではないかとさえ思ってしまうのです」

監視し合う2人

 大人たちは何度も双子と会話しようと試みたが、いつも失敗に終わる。その様子を注意深く見ていると、2人の間にこんなやり取りがあったという。ジューンが何か話そうとすると、ジェニファーがすぐにやめさせる。それも身振りではなく、ほんのわずかな目の動きだけで。双子はお互いに牽制し、行動をコントロールし合っていた。だから2人はそろって押し黙るだけでなく、いつもぴったり同じ動きをした。

 さらに、ジューンとジェニファーそれぞれの日記を読むと、お互いに強い劣等感を抱いていたことがわかる。あの子のほうが可愛い。あの子のほうが頭がいい。あの子のほうがロージーと仲がいい。あの子のほうがあの男の子に気に入られている......。思春期にかけてこの関係はエスカレートし、どんどん世間から断絶していく。

 ティーンエイジャーのジューンは、こんな文章を残している。

神さま、あの子が恐い。普通じゃない。神経がやられている。あの子を狂わせた人間がいる。それは私。

 18歳の時、ジューンとジェニファーは放火事件を起こす。大人たちにとっては「あんなにおとなしい子たちが、まさか」という出来事だったが、双子から見た物語はまったく違うものだった。沈黙する双子の心は、まさに業火のような混乱のさなかにあった。

離れたいのに、離れられない

 「特異な双子の物語」として読み進めていたが、ジューンとジェニファーの生の言葉がつづられた日記を読むうち、「この感情は誰にでも芽生えうるのではないか」と思うようになっていった。記者にきょうだいはいないが、成績を競い合った同学年の幼馴染や、おしゃれで物知りな大学の友人との思い出がよみがえる。嫉妬しているのに一番の友達でいたいという、説明のつかない感情。それをお互いに抱いていて、しかも相手が自分と瓜二つとなれば、そこに渦巻くものの大きさと複雑さは一体どれほどか。

 2人はそれぞれ「私は私」「あの子とは違うと認めてほしい」といった心の叫びを書き残している。離れたい、離れなければいけないと思っているのに、いざ離れると不安で仕方がない。一緒にいると普通に生きていけないのに、離れることもできない......。彼女たちの心のありようを、当時関わった教師や医師たちは誰一人として見抜くことができなかった。

 本書は、1986年に出版された内容に加えて、1994年に書かれた30代の彼女たちの後日談、そして2022年に書かれたエピローグを収録した、約400ページの大作だ。びっしりと書かれた、あまりに濃い双子の人生は、人間の内面の複雑さを生々しく教えてくれる。

【目次】
はじめに
第一章 幸せな家族
第二章 マネシツグミ
第三章 人形の家
第四章 ガラスの町
第五章 アメリカの夢
第六章 嵐のあと
第七章 二人の闘争
第八章 私の影
第九章 判決
第十章 地獄に咲く花
第十一章 大詰め
第十二章 生き延びるための死
エピローグ 心地よい解放

■マージョリー・ウォレスさんプロフィール
医学ジャーナリスト。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン卒業。BBCなどのテレビ局でプロデューサーやディレクターとして経験を積んだ後、1972年『サンデー・タイムズ』の調査チームの一員として、サリドマイド児に関するドキュメンタリーを発表した。また『ザ・タイムズ』に「忘れられた疾病」という記事を連載して注目を集め、1986年には精神疾患に関する先進的な慈善団体、SANEを設立してその理事長に就任した。2008年にはCBE(芸術や化学、慈善・福祉事業などに貢献した人に与えられる一種の騎士の称号)を授与されている。
著書『沈黙の闘い』は1986年に出版、各国語に翻訳され、またドラマ化や劇化が行われた。2022年には後半に3章を付け足した3度目の増補版が出版され、さらに本書をもとにした長編映画『The Silent Twins』がアメリカで制作された。





 


  • 書名 増補決定版 沈黙の闘い
  • サブタイトルもの言わぬ双子の少女の物語
  • 監修・編集・著者名マージョリー・ウォレス 著、島 浩二 島 式子 訳
  • 出版社名大和書房
  • 出版年月日2023年5月25日
  • 定価3,300円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・408ページ
  • ISBN9784479570189

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