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本が持つ力とは――「ひとり出版社」を立ち上げた、ある女性の物語

Mori

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しずけさとユーモアを

 本は誰のためのものなのか。本には何ができるのか。「BOOKウォッチ」という本の話題を扱うウェブメディアの編集に携わる中で、何度も考えさせられた。ぼんやりと輪郭は見えてきたけれど、「で、どうやってビジネスにするの?」と聞かれると答えに詰まる。しかし最近、「私が感じていたことはこれだったんだ!」と膝を打つ本に出合った。吉満明子さんの著書『しずけさとユーモアを』(枻出版社)である。

『しずけさとユーモアを 下町のちいさな出版社 センジュ出版』吉満明子 著(枻出版社)

 吉満さんは2015年、東京・北千住にセンジュ出版という「ひとり出版社」を立ち上げた。本書はそんな無謀とも思える生き方を選んだ、ひとりの女性の物語だ。

「くらす」ように「はたらく」

 学生時代から編集者をめざしていた吉満さん。編集プロダクションや出版社で経験を積み、30代のころには社員200人ほどの出版社で書籍編集部の副編集長から編集長に昇進。効率と成果を追求してきた。一方で、家の中は散らかり放題、夫婦の会話はほとんどなく、体にも異変が現れた。無理を重ねた末に「腎不全の一歩手前までいった」という。

 吉満さんは「このままの生活を続けていたら、家庭が崩壊する」と危機感を抱き、2011年の東日本大震災を機に「くらす」と「はたらく」を見つめ直した。さらに翌年には男の子を出産。子育てを通して誰もが弱者になりうることを知り、「本には何ができるのか。本は誰のためのものなのか。本は一体何なのか」という問いに、自分なりの答えを見出していく。

 独立し、自宅近くにある古い木造アパートの2階、6畳2間の部屋をリノベーションしてセンジュ出版の事務所を構えた時、吉満さんは40歳。2歳の息子を育てながら、「くらす」ように「はたらく」ことをめざして始動した。

「本を読む人々」が持つ力

 併設するブックカフェには、日々さまざまな人が訪れる。彼らが語る本への思いに耳を傾け、対話を重ねる中で気づいたことを、本書の中でこう書いている。

(中略)見えてきたのは、一人ひとりの涙、苦悩、勇気、変化。「読者」と大雑把に一括りに呼んでいたその、一人ひとりの、「本を読む人々」の横顔は、それはそれは美しく、真摯で、そして読まれた本によってその人の人生が驚くほど変わってもいくということを、ちゃぶ台を一台挟むほどの距離で知ることになった。

 最初に世に送り出した『ゆめのはいたつにん』をはじめ、『子どもたちの光るこえ』や映画化もされた『8年越しの花嫁』など、センジュ出版がつくる本には、著者の人生を色濃く映し出すものが多い。それは吉満さんが、どんな人の中にも物語があり、「その著者の中に眠る、世界を救うほどの、ちいさな言葉の力」を知っているから。そして、読者の「読み解く力」と、人生を変えていく力を信じているからだ。

 とはいえ、出版だけで食べていくのは厳しい。吉満さんは、持ち前の行動力でイベントや文章講座なども手掛け、事業の領域を広げていった。ひとつ行動を起こすたびに誰かと出会い、その出会いがさらに新しい仕事へとつながっていく。本書にはそのいきさつと、出会った人々への感謝の気持ちが丁寧につづられている。

かけがえのない友のような存在に

 おこがましいが、長く編集に携わってきた者として、また子どもを持つ一人の女性として、吉満さんがたどってきたプロセスに自分を重ねずにはいられなかった。そこから導き出された「本とは」への答えに、深く共感する。

 BOOKウォッチではこれまで、この一冊が誰かの、とりわけ弱い立場にある人にとっての、かけがえのない友のような存在になりますように......そんな願いをこめて、たくさんの作品を紹介してきた。しかし残念ながら、この1月をもって更新を休止する。

 落ち込む私に本書を貸してくれたのは、先輩編集者のNさんだ。編集の基礎から教えてくれた人で、かれこれ20年以上お世話になっている。悩みを相談すると私自身も気づいていなかった本心をすっと言い当て、さりげなく背中を押してくれたりもする。厳しくも温かい人だ。

 読み終えて、Nさんがなぜこの本を手渡してくれたのかを思い、涙がこぼれた。こんな生き方を選んだ編集者がいる。向こう見ずな挑戦をした女性がいる。「やりたい」と声に出してみたら、そこからが新たなスタートだよ――。そんなエールを受け取った。

 臆病で優柔不断な私にも、何かを始めることができるかもしれない。一歩踏み出してみたら案外なんとかなるんじゃないか。そんな勇気をくれる、「かけがえのない一冊」に出合った。本が持つ力をしみじみと感じた読書体験だった。

■吉満明子さんプロフィール
よしみつ・あきこ/1975年福岡県生まれ。 日本大学芸術学部文芸学科卒業後、高齢者福祉専門誌編集、美術写真集の出版社勤務を経験。その後編集プロダクションにて多岐に渡る編集を経験し、同事務所の出版社設立とともに取締役に就任。2008年より小説投稿サイトを運営する出版社に入社、書籍編集部編集長職就任後に出産。2015年4月に出版社を退職、同年9月1日、足立区千住に"しずけさとユーモアを大切にする小さな出版社"、株式会社センジュ出版を設立。現在は書籍編集を手掛ける傍ら、読書、文章表現、ブランディングを「対話」を軸に伝える講座、研修、講演活動を全国展開している。



  • 書名 しずけさとユーモアを
  • サブタイトル下町のちいさな出版社 センジュ出版
  • 監修・編集・著者名吉満 明子 著
  • 出版社名枻出版社
  • 出版年月日2020年2月10日
  • 定価1,540円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・327ページ
  • ISBN9784777957194

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