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アニメ化決定『薬屋のひとりごと』 マオマオが勉強したかもしれない"薬草図鑑"って?【マンガでひらく歴史の扉 8】

薬屋のひとりごと 1

 東京都駒込にある、世界最大級の東洋学研究図書館「東洋文庫」。BOOKウォッチでは、マンガ大好き学芸員・篠木由喜さんが、イチオシ作品の学芸員的読み方を紹介してくれる「マンガでひらく歴史の扉」を連載中だ。

 今回魅力を語ってもらったのは、2023年のアニメ化も決まった、今大注目の作品『薬屋のひとりごと』。架空の中華風宮廷の後宮で、毒見役を務めることになった薬師の少女の活躍を、中国史の知識豊富な篠木さんはどう読んでいるのだろうか?

わたくし、この度歌舞伎観劇デビューしてきました。演目は、そう、今話題沸騰中の新作歌舞伎、ファイナルファンタジーXです!オープニングからぼろ泣き。ものすごく原作への愛に溢れていて、でも歌舞伎的な見どころもあり、素晴らしい体験をしました。一生の思い出になりました!
わたくし、この度歌舞伎観劇デビューしてきました。演目は、そう、今話題沸騰中の新作歌舞伎、ファイナルファンタジーXです!オープニングからぼろ泣き。ものすごく原作への愛に溢れていて、でも歌舞伎的な見どころもあり、素晴らしい体験をしました。一生の思い出になりました!

 『薬屋のひとりごと』は、日向夏さんによる小説(web小説投稿サイト「小説家になろう」で発表、主婦の友インフォスから単行本発売)が原作。マンガはねこクラゲさん作画の同名作品(スクウェア・エニックス)と、倉田三ノ路さん作画の『薬屋のひとりごと ~猫猫の後宮謎解き手帳~』(小学館)の2種類がある。

篠木さん:どちらにも描き方に個性があって、どっちもおすすめです! 新刊発売のたびに両方買ってますが、まったく後悔なく大満足です。小学館版の方が、ストーリーの進みが少し早いです。
『薬屋のひとりごと 1』(スクウェア・エニックス)
『薬屋のひとりごと 1』(スクウェア・エニックス)
『薬屋のひとりごと ~猫猫の後宮謎解き手帳~ 1』(小学館)
『薬屋のひとりごと ~猫猫の後宮謎解き手帳~ 1』(小学館)

 主人公は猫猫(マオマオ)という少女。薬師として花街で働いていたが、人さらいに遭い、後宮の下女として売り飛ばされてしまう。奉公の期限が来るのを大人しく待とうと、能力を隠して黙々と働くマオマオ。しかし、ある日同僚から聞いた噂話に首を突っ込んでしまい、生活が一変する。薬の知識で王宮の事件を解決していくミステリー仕立ての中華ファンタジーだ。

篠木さん:最初のエピソードでは、昔の高級白粉(おしろい)に含まれていた鉛がカギを握ります。ほかにも、毒を見つけるのに銀食器が役に立つとか、歴史ものやミステリーが好きな人ならピンとくるようなエピソードがたくさん出てくるんです。でも「ああ、これ知ってる知ってる」で終わらず、そこからどんどん話が展開していきます。

学芸員が「推理」してみると......

 篠木さんは中国をイメージしたファンタジーが大好き。連載第2回では『ふしぎ遊戯』第3回では『封神演義』を紹介してくれた。『薬屋のひとりごと』もファンタジーで、舞台は架空の帝国だが、モデルとなっている中国の歴史にまつわる「ピンとくる言葉」がたくさん登場するのだそうだ。

篠木さん:『薬屋のひとりごと』では、まず科挙(官僚登用のための試験制度)がおこなわれています。ということは、科挙が始まった隋(581-618)より後の時代をイメージしているのかな?と考えられます。そして、登場人物の服は、今で言う漢服っぽいもの。漢服っぽい形の服が流行っていた王朝を思い浮かべます。纏足(てんそく・女性の足を布で縛って大きくならないようにする風習)をしている人はちらほらいるという話も出てきます。纏足が急速に広まるのは、宋代(960-1279)と言われています。

 識字率向上のために小説を印刷して配ろうというエピソードもありました。紙が発明されたのは後漢の頃ですが、長らく貴重品で、宋代から出版文化が広がります。『薬屋のひとりごと』の中ではまだ紙は貴重品のようなので、宋の初め頃......? と考えました。

 私はこういった推理から、唐(618-907)か宋の二択に絞り、......宋初かな! と思ったんですよ。でも原作者の日向夏さんのSNSを拝見したら、モデルは唐というお話をされていました。惜しい!

 日向夏さんは、過去にこんなツイートで時代背景の種明かしをしている。

「薬屋の時代背景について。
活動報告でも書きましたし、前につぶやきましたがもう一度。

モデルは唐代、楊貴妃の時代を中心に衣服や花街、後宮はイメージ。
文化レベルは、十六世紀ごろ。ネタ的に、紙不足にさせたりすることもあれば、科学的知識は十九世紀ごろくらいまでなら使うようにしています。」
(2018年8月16日のツイートより)

 「科学的知識は十九世紀ごろくらいまで」との言葉通り、作品中には小型の鉄砲も出てくる。小型の鉄砲がヨーロッパで開発されたのは、16世紀頃だ。ほかにも、マオマオが媚薬作りを依頼されてチョコレートを作ったり、「特定の人に効く毒」としてアレルギーが登場したり(マオマオは蕎麦アレルギー)と、現代人にも身近な知識が入り混じっている。

篠木さん:唐代は、幻想的な世界観で描かれることも多いですよね。2017年の日中合作映画『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』では、楊貴妃が踊りながら空を飛んだりして。

 唐の都長安は、当時世界一の国際都市でした。シルクロードを通って、西方に住む人々がどんどん来ていたんです。中央アジアの騎馬民が着る胡服という立て襟の服が流行るなど、文化が入り混じっていて、女性の男装も流行るなど、女性が活発だった時代でもあります。日本でも、唐王朝が滅びた後も中国から渡来してきたもののことを「唐物」と呼ぶなど、憧れの時代でした。

 唐代は、さまざまな文化や知識が登場するファンタジーのモデルに、まさにうってつけの時代のようだ。

中国薬草学は......「自分の体で実験」

 作品の中で篠木さんが強く惹かれているのが、マオマオの人物像だ。

篠木さん:マオマオは美少女なんですが、イケメンをナメクジでも見るような目であしらうし、重度の薬草オタクだし、いつも傷だらけ。彼女はずっと左腕に包帯を巻いているんですが、自分で作った薬の効能や、知らない毒物などを調べるために、自分の左腕を使っているからなんです。マッドサイエンティストのようですよね(笑)。食べたことのない毒を見ると食べたくなっちゃうなんていうことも。そのため、毒に対する多少の耐性と、においだけでも毒を見抜く能力が身についているという設定になっています。もちろんよい子は真似してはいけませんよ!

 実は、中国の薬草学史も、そういった実験の歴史と言えそうです。「神農(しんのう)」という伝説上の皇帝で、医療や農業の神様になった人がいて、「神農百草を嘗(な)め、~」という故事が残されています。神農は100種類の草を食べて、72もの毒にあたったが、これをお茶で解毒したというんです。マオマオ、神農と同じことをしてるじゃない!と。神農は伝説上の人物ですが、自分の体で薬や毒を実験した人が何人もいて、そういった人々の話が次第に統合されて、神農という神様が形作られたのだと思われます。

 現在「東洋文庫ミュージアム」で開催されている「フローラとファウナ 動植物誌の東西交流」展(会期:5月14日まで)では、神農の故事が書き残されている『神農本草経』が展示されている。本草(ほんぞう)とは医薬のこと。マオマオも、養父を通じてこの本に書かれていることを学んだのかもしれない。

 時代が下って1596年には、中国で本草書『本草綱目』が成立し、江戸時代の日本にも影響を与えた。これを日本の動植物分布に合わせてまとめ直した『大和本草』(1709-15)は、日本の博物学を大きく飛躍させた。『本草綱目』と日本の本草書の数々も「フローラとファウナ」展で見ることができる。

篠木さん:本草学は医師に必須の知識だったので、今でいう植物図鑑みたいなものを、当時は医師が作っていたんです。ちなみに本草は、植物だけでなく動物や鉱物なども含みます。骨や石を砕いて薬にしていたんですね。最初に飲もうと思った人は、なんでそれを飲もうと思ったんでしょうか......。
展示中の『本草綱目』(李時珍撰 1596(万暦24)年刊)。右のページには鉱物がまとめられている。
展示中の『本草綱目』(李時珍撰 1596(万暦24)年刊)。右のページには鉱物がまとめられている。
『大和本草』(貝原益軒 1709-15(宝永6-正徳5)年刊)。魚も本草学の範疇だ。
『大和本草』(貝原益軒 1709-15(宝永6-正徳5)年刊)。魚も本草学の範疇だ。

かかる前に予防する「漢方」の考え方

 古代中国の医療といえば、「不老不死」への憧れ。『薬屋のひとりごと』にも「蘇(よみがえ)りの薬」について触れられている。

篠木さん:古代中国の皇帝たちは、不老不死を求めました。秦の始皇帝もそうですね。不老不死の方法を考えていく中で生まれたものの一つが、病気にかからず健康で長生きしようという「養生」の方法です。体の調子を整えるために薬を服用したり、運動をしたり。マオマオのバックボーンにもこの中国医学の思想があって、容体の悪い妃の食生活を改善させようとする場面もあります。

 こういった思想で発展した中国の伝統医学を、日本では「漢方」と呼ぶようになった。「漢方」の薬が「漢方薬」だ。

篠木さん:漢方では「未病(みびょう)を治す」という考え方があります。未病とは、病気には至っていないものの、軽い症状がある状態です。『神農本草経』では、薬は上品(じょうほん)・中品(ちゅうぼん)・下品(げほん)に分類されていて、上品と中品は予防のために服用します。副作用が全くなく日常的に服用できるのが上品で、少し副作用があるのが中品です。下品は、強く効く一方で副作用も強い治療薬です。病気になってしまってから対処するための薬は中国医学では下品とされるんですね。 日頃のちょっとした不調など、自己治癒力を活性化させて病気そのものを予防するのがよいというのが漢方のスタイル。冷えからくる不調にならないようにお風呂に浸かって温まろうとか、健康のために運動をしようというのも漢方の発想なんですね。実は、日本人の健康法に深く根づいている考え方なんです。

 東洋文庫ミュージアムでは、「フローラとファウナ」展の後、5月31日から「東洋の医・健・美」展が始まる。中国医学はもちろん、健康にまつわるあらゆる史料が集まる。なんと、清代に後宮で使われていたという翡翠の美顔ローラーも展示予定だそうだ。さらに、インドやイスラームの健康法も紹介される。東洋医学をもっと知りたくなった方は、ぜひ訪れてみては。

 さて、アニメも楽しみな『薬屋のひとりごと』だが、篠木さんは原作の小説も読んでいて、まだマンガ化されていない展開も把握しているそう。

篠木さん:マオマオの推理はもちろん、マオマオを登用した麗しの宦官・壬氏(じんし)との関係からも目が離せません。ネタバレになるので詳しくは話せませんが、マオマオは王宮社会で賢く立ち回り、今後もっと強くなっていきます......とだけ言っておきます! 

 中国医学や中国史について調べておいたら、これからの展開ももっと面白く読めるかもしれない。マオマオの活躍に期待大だ。


【春休み特別 読者特典】

 2023年4月10日までの期間限定で、東洋文庫ミュージアムに通常料金の20%OFFで入場いただけます。この画面を表示、もしくはプリントアウトして受付でお見せください。

一般    900円→720円
65歳以上  800円→640円
大学生   700円→560円
中・高校生 600円→480円
障がい者  350円→280円
(小学生以下の入場は無料です)

※他の割引との併用はできません。


「フローラとファウナ 動植物誌の東西交流」

【会期】2023年2月1日~5月14日

 2023年は、長崎のオランダ商館につとめたドイツ人医師シーボルトの来日から200年の節目となります。 博物学者であったシーボルトは、日本で収集した動植物の標本や書物などをオランダへ持ち帰り、日本研究の集大成ともいえる大著をまとめ、 日本の歴史、文化、そして自然を広く紹介したことで知られています。
 本展では、シーボルトの代表的な著作をはじめ、東洋文庫が誇る美しい動植物の図鑑・図譜のコレクションをとおして、 日本と西洋それぞれの自然に関する学問の発展、知の東西交流の足跡をたどります。
〈東洋文庫〉
1924年に三菱第3代当主岩崎久彌氏が設立した、東洋学分野での日本最古・最大の研究図書館。国宝5点、重要文化財7点を含む約100万冊を収蔵している。専任研究員は約120名(職員含む)で、歴史・文化研究および資料研究をおこなっている。 2023年2月1日(水)~5月14日(日)の間は、企画展「フローラとファウナ 動植物誌の東西交流」を開催中!


   
  • 書名 薬屋のひとりごと 1
  • 監修・編集・著者名日向夏 原作
    ねこクラゲ 作画
    七緒一綺 構成
    しのとうこ キャラクター原案
  • 出版社名スクウェア・エニックス
  • 出版年月日2017年9月25日
  • 定価730円(税込)
  • 判型・ページ数B6判・176ページ
  • ISBN9784757554894

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