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日航機事故、32年後に分かったこと

日航123便墜落の新事実

 群馬県上野村で起きた日航機墜落事故(1985年)の犠牲者らは2017年、三十三回忌を迎えた。本書は、当時日航に勤務していた客室乗務員の著者が、忌い上げを節目に加速しそうな事故の風化を懸念し、これまでの取材や調査で明らかになった知られざる事実を報告したノンフィクション。事故調査委員会は1987年6月に原因などを公表しているが、それでもなお現場などで事故にかかわった人たちにとっては「腑に落ちない出来事が多数」あると指摘、それらを丹念に検証すると、公式発表とは全く異なる全体像が見えてくるという。

 事故機にはかつて著者と同じグループで乗務していた同僚や先輩が搭乗していた。その人たちへの思いから、本書にさきがけて2010年に「日航123便あの日の記憶 天空の星たちへ」を出版。そのなかに、事故原因への疑問などもまとめて記した。その後、著者の元には、あらたな事実とみられる情報や目撃談が寄せられるようになる。

 「圧力隔壁修理ミスが事故原因だと公式発表されているが、現場でこの事故に関わった人たちの中には、腑に落ちない出来事が多数あり、それが今なお心の奥底に大きな疑問となって渦巻いていることにも気付かされた」という。

 日航機事故をめぐっては、もっともらしい理由をつけて、ミサイル誤射などが発端となった「陰謀説」が出されているが、著者はそうした話には「不愉快で違和感を覚えていた」という。裏付けがないストーリーと受け取られ兼ねない可能性を排すよう、事実を積み重ね、実名による証言で本書を構成している。

 事故が起きたのは85年8月12日19時ごろ。墜落現場もなかなか分からず、最初の生存者が発見されたのは翌13日10時54分。本書は「米軍機が墜落地点を連絡したにもかかわらず、なぜ現場の特定が遅れたのか」と疑問を投げかける。当時の上野村村長、黒澤丈夫さんは、著者の取材に当日の記憶をさぐり、12日の晩にすぐ墜落現場は自分たちの村だとわかり、村民にも村内放送をして情報提供を呼び掛けていた証言。同村が現場であることを政府関係者や県に連絡したが、テレビを見ていても報道されず、そのことを思い出して怒っていたという。

 ほかに「ファントム2機の追尾」「真っ赤な飛行機」などの目撃証言や「墜落前後の稲光のような閃光と大きな音」「ジェット燃料の火災ではありえない遺体の完全炭化」などについて検証が加えられ、そして「圧力隔壁修理ミス原因説への疑問」が提示される。

 週刊ポスト(2017年10月6日号)の「ブックレビュー」のコーナーで本書をとりあげた、まんが原作者の大塚英志さんは「著者は『自分の置かれた立場の都合で、嘘を語ることは当たり前だ』という、この国の公や企業や私たちがどこかで当然と思っている、組織の論理をこそ批判している」とみる。

 本書によると、当時の中曽根首相は夏休み中で、事故直前まで現場から遠くない長野・軽井沢で過ごし、帰京する列車のなかで発生の報告を受けたという。その後、ゴルフは自粛したものの読書などで過ごし、現場を訪れたのは3か月後の11月だった。

  • 書名 日航123便墜落の新事実
  • サブタイトル目撃証言から真相に迫る
  • 監修・編集・著者名青山 透子 著
  • 出版社名河出書房新社
  • 出版年月日2017年7月24日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数四六判・208ページ
  • ISBN9784309025940
 

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