2023年10月に始まったパレスチナ・ガザ地区での戦闘は、日々激化の一途をたどり、12月22日には死者数が2万人を超えたと発表された。
なぜイスラエル軍は攻撃を止めないのか? 12月15日に発売された『イスラエル軍元兵士が語る非戦論』(集英社)には、こんな一文がある。
イスラエルでは軍があがめられていて、カルト宗教のようだと思うことがあります。
著者は、1957年生まれのイスラエル人、ダニー・ネフセタイさん。日本人の妻とともに埼玉県秩父市に住み、注文家具づくりで生計を立てながら、反戦などをテーマに講演活動を行なっている。
イスラエルには徴兵制があり、高校卒業後、男性は約3年間、女性は約2年間の兵役につく。ネフセタイさんも約50年前、空軍のレーダー部隊に3年間所属した。若い頃は軍隊の必要性を疑ったことがなく、むしろ空軍パイロットにあこがれていたという。イスラエルの人々は、軍隊や戦争をどうとらえているのだろうか。
イスラエルは、約2000年前のローマ帝国の征服によって失った土地に、ユダヤ人の国家建設を目指すシオニスト(ユダヤ教の聖地・シオンの丘に由来)がつくった国家だ。ユダヤ人にとっては悲願の「約束の地」だが、すでにそこに住んでいたパレスチナ人にとっては、イスラエル人は侵略者。1948年のイスラエル独立宣言から75年間、両者の紛争が絶えない。
「パレスチナ人やアラブ諸国が攻撃してくるから、仕方なく攻撃している」というのが、イスラエル人の一般的な考え方だという。戦争支持者の中には「左派」「平和主義者」を自称している人も多いというから驚きだ。ネフセタイさん自身も、学校では「平和教育」を受けたと信じていた。それは「戦争をしない」という平和ではなく、「悲劇を二度と起こさないために抑止力(=軍事力)を持つ」という意味での「平和」だった。
ネフセタイさんが持っていた軍隊用の旧約聖書には、宗教指導者である「ラビ」の総長の、こんなメッセージが盛り込まれていた。
「戦争をしたとしても、その最終目的は世界平和です」
知人のパイロットたちも、みな家族を愛するごく普通の人々だという。たとえば、午前6時半にビル撃破の命令が下り、往復20分ほどでミサイルを撃ち込んで帰還し、1時間後には家族で朝食を囲んでいるという生活が当たり前なのだ。我が子を愛し、「子どもの命は大事だ」と思っているのに、自分が爆撃したビルにパレスチナ人の子どもがいたかもしれないとは考えない。あるいは、考えないようにしている。
ネフセタイさんが考えを改めるきっかけになったのが、2008年12月のガザ地区侵攻だ。パレスチナ人の死者1398人の中に、18歳未満の子どもが345人含まれていることに衝撃を受け、「左派」の知人たちに考えを聞いて回った。すると、一様に「今回は仕方なかった」という返事がきたという。なかでも印象的だったのがこのやり取りだ。
その中でわたしの幼なじみは、「イスラエルは子どもを殺すような国じゃないよ」と言いました。「エ、でも実際に殺したでしょ」と問うと、彼は「イスラエルは子どもを殺すような国じゃないけど今回は仕方がなかった」と言い訳したのにはあきれました。
ネフセタイさんが「これはおかしい」と気づいたのと対照的に、侵攻直後のイスラエル国内の世論調査では、81%がガザ攻撃を支持。さらに2014年の攻撃では、世界各国からの非難を受けたにもかかわらず、92%と支持率が上がった。
ユダヤ人はナチスによる史上最悪の大虐殺(ホロコースト)を受けたのに、なぜ自ら他民族を虐殺してしまうのか? 本書第3章では、イスラエル人のホロコーストのとらえ方が分析されている。イスラエルでは、「レオラム・ロ・オド(二度と許さないぞ)」という表現がよく使われるという。「どんな虐殺も二度と繰り返さないように」ではなく、「ユダヤ人を抑圧するのは二度と許さない」という方向へ感情が向いているのだ。
これまでは、イスラエルがどんな攻撃をしても「ホロコーストほどのことはしていない」という言い訳が決まり文句だった。ところが、今年10月にパレスチナの軍事組織ハマスの戦闘員がイスラエルに侵入し、一般市民数百人を殺害した事件は、多くのイスラエル人が「ホロコースト」と呼んでいるという。もちろんどんな規模でも殺人は許されるものではないが、「ホロコースト」という言葉の使い方からは、イスラエルの人々の認識のゆがみが見えてくる。
2019年にネフセタイさんが明治学院大学で講演した際に、訪日していた社会人のパレスチナ人たちから聞いたという話に絶句した。
わたしとのやりとりの中で、彼らの1人が、「今の若いパレスチナ人は完全に希望を失っており、死も全然怖くない。だから自爆テロは今後も増えます」と断言しました。
わたしは、「若いパレスチナ人とは何歳くらいですか」と質問しました。
彼はこう答えました。
「12、13歳くらい」
武力に頼り続けると、どこまでも憎しみが連鎖し、子どもたちが巻き込まれていく。ガザに希望はないのだろうか? ネフセタイさんは、第1~4次中東戦争ののち1979年に結ばれたイスラエルとエジプトの平和条約を例に挙げ、「絶対に無理だ」と思っている相手とも平和を実現することは可能であり、そのためには武器を捨てて対話をすることが必要だと訴えている。
また本書の第4章では、世界の平和を考える上で、日本に対しても痛烈な批判をしている。南京大虐殺や731部隊の人体実験などの、日本軍の加害の歴史が国内の教育でおろそかになっているのは、イスラエルの姿勢と重なる。また、近年日本の防衛費が増え続けていることについて、ネフセタイさんはこんな問いを突きつけている。
あなたは自衛隊に入って戦争に行けますか。自分の子どもや孫、友人、恋人がイスラエルのように18歳から自衛隊に入って、戦場に行っても構いませんか。
実際に軍隊に身を置いたことがある人が言うからこそ重たい言葉だ。2024年度の日本の防衛費の予算は7兆7000億円となった。1秒24万円が消える計算だ。加えて12月22日には、日本政府が殺傷能力のある武器輸出を解禁した。残念ながら日本人にとっても、戦争はもはや遠い国の話ではない。本書は戦争を肌身でとらえ、自分事として考えるための助けとなる一冊だ。
【目次】
第1章 罪深い教育
第2章 軍隊を疑う
第3章 虐殺された民族が虐殺する
第4章 「全ての暴力に反対します」
■ダニー・ネフセタイさんプロフィール
1957年、イスラエル生まれ。木製家具作家。高校卒業後にイスラエル空軍で3年間兵役を務める。1988年、埼玉県秩父に移住。自宅のログハウスを建て、木工房ナガリ家を開設。現在は夫婦で注文家具、遊具、木工小物、オブジェなどの創作活動を行いながら、反戦や脱原発をテーマに講演活動を行う。著書に『国のために死ぬのはすばらしい? イスラエルからきたユダヤ人家具作家の平和論』(高文研)がある。
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