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二層の地方自治体の変革 (第38回)

学習院大学名誉教授 戸松秀典

1 道州制に注目

 前々回の本欄(第36回 憲法・国法秩序に大変革が生じるか)で、次のように、コロナ禍における地方自治体の様相について指摘しました。

「連日の報道で、新型コロナウイルスの感染者数が都道府県ごとに伝えられています。そのような都道府県の地域割に基づく注目が有効な意味をもつのか大いに疑問です。 実際に、感染拡大への対処法について、関東では、都と埼玉、千葉、神奈川の三県が連携し合って検討しているし、関西圏、中国地方などでもそのような広域での検討がなされています。 ここから、もはや都道府県単位の自治体より道州制の区域の方に意味があるのではないかとの疑問が生じます。」

 この指摘は、筆者だけでなく多くの人が感じていたことではないでしょうか。

 新型コロナウイルス感染対策として、都道府県ごとに独自の方式を打ち出していたわけでもなく、感染が都道府県ごとに特別な事情に結びついていたわけではないといえます。

 感染者数を都道府県ごとに表として示しても、単に事実を認識するだけで、都道府県という自治体に関する特別な意味が導かれるわけではありません。

 もっとも、東京都が他県とは比べようもなく感染者数が多いのは、よく報道されているように人口密集地であり、他国を含む多くの地域からの流入者がいるからであるし、北海道が他県より感染者数が目立つのは、その地が他県と比べると広い地域故に人との接触が特別な事情にあるということは指摘できます。

 しかし、感染防止のための施策としては、県ごとに感染者数に応じた検討を求めることや、国による統一した、あるいは一律の方式では無理であることが判明しました。

 実際になされたように、また、すでに指摘したように、首都圏の県が、あるいは関西圏の県が連絡や連携をとる必要が確認され、実際に、たびたびそれがなされています。こうして、広域での感染拡大防止対策が必要であることが認められました。

 広域での対策ということから、たとえば、東京都や大阪府は別として、北海道、東北、関東、北陸、東海、近畿、中国、四国、九州、さらに沖縄をまとまりのある地域として扱うべきだと考えられます。 ここから道州制のことが浮かんできます(注1)。そして、それについては、すでに本欄の第2回(散歩中によく考えたテーマ - 二院制と参議院改革)でふれたことがありますが、現今の新型コロナウイルスの感染問題を契機に、改めて検討してみる必要性を強く感じています。

(注1)ここでは12のブロックをあげましたが、別の考えもあります。

 道州制は、前世紀の末頃から今世紀にかけてなされた地方分権改革の過程で、都道府県の新たなあり方として構想されました。

 特に経済界から強く提示がなされ、自民党においても熱心に検討され、その骨子案が示されたし、学界でも研究がなされています(注2)。

 そして、道州制は、既存の制度ではなく、地方自治制度の改革のために提案されたものを指し、国の制度として確定しているわけではないことを確認しておきます。

(注2)自民党の骨子案については、「道州制基本法案(骨子案) 道州制推進本部」を参照。また、学術面では、日本地方自治学会編・道州制と地方自治(啓文堂 2005年)があります。

 さらに重要なことは、道州制が参議院改革に結びついていることで、そのことについても第2回の本欄(散歩中によく考えたテーマ - 二院制と参議院改革)でふれました。したがって、憲法改正を唱えている国会の議員に対しては、憲法改正ほどのエネルギーを必要としないが、憲法秩序の改革に直結する喫緊の課題だと受け止めてもらいたく思っています。

 

2 都道府県へのこだわりを消す

 都道府県は、日本国憲法のもとで存続してきた自治体の行政区画ですが、これとともに市町村の自治体も存在し、憲法92条以下にいう地方公共団体とは、誰もが承知のように、この両者を指します。

 この二層の自治体の存在は、憲法上の定めに基づくのではなく、明治期のはじめにおける廃藩置県以来展開してきた伝統的な性格をもっています。ただし、日本国憲法のもとでは、憲法で保障された自治権を有する統治主体であり、そのことは、明治憲法時代と異なります。

 この基本的理解のもとで、道州制は、憲法改正の必要がなく、地方自治法の改正をして設置すればよいといえます。しかし、その伝統的性格ゆえに、その改正が容易でなく、改正法の国会への提示がまだ一度もなされていないことからも、都道府県を止めるなどとの発想は、相当の説得力を必要とします。また、都道府県へのこだわりが強いから、そのこだわりを消すには、十分納得させるだけの論拠と導入のタイミングが必要であると思います。それが今体験しているコロナ禍だといえるのではないでしょうか。

 日本国民のみならず人類が初めて体験しているコロナ禍を契機に、国法秩序を改革する新制度として導入に注目することができます。

 都道府県の存続にこだわるのは、まず、都道府県の区域を基礎に構成されている選挙制度にかかわります。参議院議員選挙は、都道府県を基礎とした選挙区となっていますから、参議院議員は、都道府県の存在が自己の議員としての地位に密接な関係をもっています。したがって、これを廃止して道州とするとなると、自己の長年築いた地位を失うことになると受け止めがちです(注3)。

 しかし、道州制では、各道州からたとえば一律に20名の議員を選出する構想となっており、その議員となればよいのだし、既存の議員の地位を確保することが制度改革の趣旨でもないのですから、そのこだわりに配慮する必要がないといえます。

(注3)これは、道州制導入案作成に尽力したある自民党の議員から聞かされたことですが、この参議院改革に対しては、参議院議員中に、自分の議員の地位が奪われることを根拠に、激しく反対した者がいたため、説得に苦労したとのことです。

 次に、都道府県が担っている行政事務が道州制の導入により変化することは当然としても、都道府県の存続によらねば行政事務に支障が生じることになるかと問うてみると、それは大丈夫だとの答えが出そうです。

 その詳細を示すゆとりがここにはないのですが、前世紀末頃から今世紀はじめにかけてなされた地方分権改革によって、地方自治体の担う行政事務の大勢が市町村にあてられ、都道府県の担当する自治事務が道州によってなされても問題とはならないといえるはずです。むしろ、道州の自治体が担当した方がよいとの具体例をあげることができます。

 たとえば、熊本県で最近生じた豪雨被害の復興について注目させられます。過去の地震、豪雨などの災害の復興に際して、全国からのボランタリー活動が大いに役立ちました。しかし、今回の熊本県での災害においては、新型コロナウイルスの感染を恐れてボランタリーを県外に求めることを控えています。そのため人手不足となり復興事業が大幅に遅れていると伝えられています。

 そこで、ウイルス対策を、熊本県を単位とする必要があるのか、全国各地からは無理として、九州を単位に検討すればよいのではないか、九州という州としての自治体が復興事業の実施の仕方を調整すればよいのではないか、といえます。このような災害復興に限らず、種々の問題について、州ごとに対処可能なことが存在するはずです。

 もう一つ注目しておくべきは、一般世論の受け取り方についてです。すなわち、都道府県の廃止は、名称を使うことを禁ずるのではなく、自治体の行政主体が道州と市町村の二層構造になることであり、長年親しんできた県名は、地勢上の区分として住民の意識の中にも存続するはずです。

 たとえば、愛知県では尾張と三河、長野県では北信と南信といったように、行政区画とは異なる地域独特の思いが生活の中に息づいている例があります。また、私が大学でのゼミで体験したことですが、道州制導入の検討の際に、都道府県を廃止したら、甲子園での高校野球が駄目になってしまうとの学生の真剣な意見に出会ったことがあります。これも、従来の都道府県ごとに予選を実施すればよいことで、甲子園への代表がなくなるわけではありません。

 他の国民体育大会への参加の仕方、スポーツの予選勝ち抜きの地域区分として、都道府県の地域区分は、行政主体ではないものの存続可能です。したがって、都道府県へのこだわりは、それほどダメージを受けることがないといえそうです。

 残された問題は、都の扱い方です。東京都は、日本の首都であり、自治体といっても県とは区別される機能をもっており、特別な扱いが考えられます。また、大阪府は、現在、都構想が論議の対象となっており改革の進行中なので、ここでは立ち入らないでおきます。ただし、それが実現すれば、道州制導入の足掛かりとなりそうです。

3 地方の多様性を確保する

 道州制を導入すると、自治体の行政がかかえる行政事務の性格に大きな変化をもたらすのではないかと想像できます。

 よく指摘されていることですが、自治体の行政に対しては、日本国憲法の発足以来、中央政府が先導し、自治省およびそれを吸収した現在の総務省が全国の自治体の活動を統制し、一律の、あるいは統一した活動を主導してきました。それに対する反省や批判に応えて、先に言及した大幅な地方分権改革がなされました。そして、平成の大合併と呼ばれる市町村の併合がなされ、今日では、独自性を維持することがその存在根拠といえる自治体が存続しています。別言すれば、地方の多様性を確保することです。そこには、財政問題をはじめとする問題を抱えていますが、道州制により編成された参議院が地方自治体に配慮した政策を打ち出すはずで、地方自治の発展が大いに期待できます。また、市町村が日本の民主主義の発展の基盤であり、参議院が自治体の民主主義を活性化させる施策を提供することを期待できます。そのことは、第22回の本欄(民主主義政治の停滞か ― 統一地方選の結果をみて)でも指摘しました。

 今回は、既存の法制度を改革して新たな制度を構築することにより憲法・国法秩序において抱えている問題を解決することを考えてみました。実現は、容易でないことが十分予想されます。新型コロナウイルスの感染問題という異常な事態の最中であるからこそ、改革が可能ではないでしょうか(注4)。

 (注4) 日本経済新聞2020年8月13日朝刊の社説は、「コロナ禍が問うもの 地方の多様性残せる自治体制度に」と題して、以上に述べたことに通じる論説をしています。ただし、「道州制は今は現実味がない」と、抑えた論調となっているところが残念です。

■筆者後記
 冒頭の写真は、我が家の庭で猛暑の夏が過ぎた後、例年通りに咲いたムラサキシキフです。


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■著者プロフィール


tomatsu_pf.png 戸松 秀典 憲法学者。学習院大学名誉教授。

1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。

●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)『憲法判例(第8版)』(有斐閣、2018年)、など著書論文多数。

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