2017年5月3日の憲法記念日、安倍総理大臣は、ある市民集会に寄せたビデオメッセージの中で、憲法を改正して2020年の施行を目指す意向を表明した。また同日、全国紙のインタビューで同様の決意を披露しており、憲法9条への自衛隊条項の追加をはじめ、高等教育の無償化など具体的な改正項目が挙がる。総裁任期延長で2021年まで安倍政権が続き、その間も自民党「一強」状態が揺るがなければ、憲法改正が現実の政治日程に上ってくることはほぼ確実な情勢だ。
しかし考えてみれば、政治家も国民も、日本国憲法の改正を経験したことがないのである。そもそも、改正はおろか現実の政治日程に上ったことすらない。つまり、どのように憲法改正を進めてよいのか、誰も知らないのである。当然のこととはいえ、これは由々しき事態ではないか。「憲法改正とはどのような営みなのか」が皆目わからないまま、国民投票の日を迎えることがあってはならない。「一強」体制の今、そこに待っているのは、日本国憲法の正統性の揺らぎと、国民の分断という悲劇だ。
何が憲法で定めるべき事項なのか、憲法改正をめぐって政治はどう動くのか、与野党のコンセンサスはどのように確保するのか、司法や憲法学者の役割は――。憲法改正を重ねてきた外国の事例に目を転じることで、「憲法改正とはどのような営みなのか」という問いに答えようとするのが、駒村圭吾=待鳥聡史(編)『「憲法改正」の比較政治学』(弘文堂)である。
本書は、日本を含む7か国における憲法改正を、政治学・国制史学と憲法学とのコラボレーションにより考究。各国ならではの「憲法改正」を多面的に描き出すことで、単なる改正頻度や改正の容易さ/困難さといった表層的な国際比較とは一線を画する視点を提供している。与野党の対立をどう乗り越えるかはドイツに学ぶところがあるし、憲法改正に「憲法体制を守る」という意味を見出すイタリアの考え方は、目から鱗である。憲法改正をリアルに考える方々にとって、今こそ必読の一冊だ。
【目次】
第Ⅰ部 「憲法改正」への視座
Ⅰ-1章 政治学からみた「憲法改正」
Ⅰ-2章 憲法学にとっての「憲法改正」
第Ⅱ部 イギリス
Ⅱ-1章 イギリスにおける憲政改革―貴族院改革の事例から
Ⅱ-2章 イギリスにおける憲法変動の改革論―コンセンサス、市民参加やエントレンチメントのあり方などをめぐって
第Ⅲ部 アメリカ
Ⅲ-1章 憲法修正なき憲法の変化の政治的意義―ニューディール期アメリカ合衆国の「憲法革命」を題材に
Ⅲ-2章 立憲主義のディレンマ―アメリカ合衆国の場合
第Ⅳ部 フランス
Ⅳ-1章 「大統領化」の中のフランス憲法改正
Ⅳ-2章 憲法変動と学説―フランス第五共和政の一例から
第Ⅴ部 ドイツ
Ⅴ-1章 ドイツにおける憲法改正の政治
Ⅴ-2章 ドイツにおける憲法改正論議
第Ⅵ部 イタリア
Ⅵ-1章 イタリアにおける憲法改正の政治力学
Ⅵ-2章 憲法保障としての憲法改正―イタリアの「憲法改正」観
第Ⅶ部 韓国
Ⅶ-1章 韓国における1987年憲法の持続と憲法体制の変化
Ⅶ-2章 韓国における「広義」の憲法改正と憲法裁判所の機能
第Ⅷ部 日本
Ⅷ-1章 日本憲法史における伊藤博文の遺産
Ⅷ-2章 憲法改革・憲法変遷・解釈改憲―日本憲法学説史の観点から