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大樹の幹と枝葉――国法体系・憲法秩序(第3回)

学習院大学名誉教授 戸松秀典

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1 保存樹木を目にして

 散歩の道すがら、保存樹木と記されたプレートが巻かれた大樹に出会うことがよくあります。これは、樹木の緑を保って、良い住環境を維持したいという住民の願いに配慮した役所の施策のあらわれであり、喜ばしいことだと思っています。それに、大きく枝を広げ、豊かな葉が茂っている樹木の偉容を眺めると、つい国の法体系のことを思い浮かべてしまいます。とりわけ、前回で述べたような法律の制定の役割を担っている国会がその機能を存分に発揮していないことを、この大樹の姿に重ね合わせると、憲法状況についての私の日頃の思いを語りたくなってしまいます。

2 国法体系と大樹

 国の法体系というと、なんだか難しい話をはじめるのではないかと警戒されそうですが、ここに掲げた写真の大樹からうける印象のように、それは、堅苦しいものでなく穏やかなものといってよいでしょう。国の法形式として、憲法を頂点に、法律、命令、規則、条例、判例法などの多様な法規範が存在していますが、私は、それらが構成している姿の全体を、具象化して樹木にたとえてみようとしているのです。そこで、このコラムで話の中軸においている憲法を見てください。憲法は、ほとんど一般的、抽象的なことばがならんでいて、具体的な物とか情景などとは無縁な世界であることを感じるはずです。憲法以外の法律などの法規もほぼ同様だといってよいでしょう。そこで、私は、誤解をおそれず、ことばによる抽象の世界を具象化して語ろうとしているのです。(ある自然科学者は、法律家の議論について、その内容を何か具体的にみえる形で示してくれと述べておりますが、このことが私の脳裏を離れません。)

 そこで、次に、諸法規の集合体を「体系」と呼ぶゆえんにふれなければなりません。つまり単なる寄せ集めではなく、相互につながりがあるということです。大樹になぞらえてこれを示すと、中軸の太い幹やそこから多方に伸びている枝が憲法であり、その基本となる枝からさらに四方八方に出ている多くの枝やそこを覆っている葉が法律、命令、規則などの諸法規であるというわけです。現在の日本で、効力をもっている法規範の数や量は、簡単に示しようがなく、大型の法令集(たとえば、六法全書(有斐閣)や現行法規総覧(第一法規)は、データベースの利用ができる)を見るとその姿の概容を知ることができますが、それが全体として体系をもっていることを容易にとらえることができません。私は、ある会議で、法体系の様相を縦横無隅ということばを使い説明することを提案し、賛同を得ましたが、現在では、大樹をイメージすることの方が分かり易いと思っております。

3 国法体系と憲法秩序

 国の法体系のイメージを大樹によってとらえると、政治、経済および社会における規律にかかわっている諸法規は、すべてその元をたどっていくと、主要な枝から幹にいたるので、法体系の基本が憲法であることを実感できます。つまり、憲法が国の基本法であるといわれるゆえんを確認し、さらに国の法体系は、法秩序を形成しているから、憲法秩序でもあるということができるわけです。

 このような説明に対して、国の諸法規・法規範*には憲法とは関係のないもの、あるいは憲法に結び付けなくともその意味内容を説明できるものがあるとの反論が予想されます。これに対しては、正面からその反論を否定するつもりはありません。社会で生じている様々な法律問題において、法規の適用によりそれを解決する必要がありますが、そこでいちいち憲法に立ち返り、憲法に基づいて考えたり、説いたりする必要がないことは少なくないといえます。実際に、憲法論議などなしに法規の適用がなされて規律が保たれている場合の方が多いともいえます。ただし、念頭においておくべきは、適用された法規や生まれた法規範は、憲法のもとに展開している法秩序の中にあり、その外には存在しないということです。大樹の枝葉のどこかに所属しているということです。
*憲法、法律、命令、規則、条例のことをまとめて法規と呼び、それに行政処分や裁判例を含めて法規範と呼ぶので、ここでは大樹には広く法規範が体現されているととらえています。

 国法体系を大樹になぞらえると、枝葉の貧弱な大樹と豊かに繁茂した大樹との違いが気になってきます。社会の変化に伴い次々と新たな、有意義な法規範が形成されている様は、後者の大樹に結びつきます。前回に、参議院改革の必要性を説いたのは、日本の法体系・憲法秩序が貧弱な大樹となっているように思っているからです。読者の皆さんには、自己の生活環境において、不都合さを感じているところがあったら、それは、国の法的施策に問題があるのではないかと検討するようお勧めします。

 その検討において、次のことは念頭に置いておかねばなりません。すなわち、国法体系を形成している枝葉は、中心の幹や枝から成長して、繁茂しているのですが、憲法の幹や太い枝は、70年の時を経て変わりがないことが確かとしても、そこを見つめることにより、末端にいたる枝葉の成長具合の詳細を理解できるわけでないことです。つまり、枝葉の詳細は、憲法幹や枝から論理必然的に導かれるものではないということに注意をせねばならないのです。時の経過や環境の変化に対応し、さまざまな刺激を受けて変容し、また、不要の枝葉は枯れて落ちて、新しい枝葉が取って代わるといった新陳代謝を繰り返しているのです。こうした法規範の発展や成長があって、立派に繁茂した大樹の姿が形成されていると観察することが重要です。

4 大樹か森か―比喩のこだわり

 一般に、比喩をもちいた話に対しては、いろいろ批判的指摘をすることができるはずです。今回の比喩については、国の法体系のことをイメージするなら、多くの樹木からなる森を持ち出した方が適切だとの指摘がなされるのではないかと予想しております。これに対して、私は、何が正しい比喩かということに絶対的な正解はないはずだからそれでもよいと答えたいと思います。ただし、そうは言いながら、森に例えると、憲法樹、民法樹、刑法樹といった具合に多様な法の樹木をイメージして説明することになり、それは、縦割り型とか蛸壺型との批判をうける日本の法律学の様相に結びつき、よろしくないのではないかと反論したくなります。話の目的は、憲法のもとに展開している法秩序をどのようにとらえたらよいかという法体系に対する観察の仕方を示すことでした。

 どうも今回の話は、やはり難しいものとなってしまったかもしれません。次回からは、この大樹の中にみつけることのできる具体的な法事象をとりあげ、もっと分かり易い話とするよう努めます。

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■著者プロフィール


tomatsu_pf.png 戸松 秀典 憲法学者。学習院大学名誉教授。

1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。

●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『憲法判例(第7版)』(有斐閣、2014年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)など著書論文多数。

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