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街中の防犯・監視カメラ――プライバシーの保護(第4回)

学習院大学名誉教授 戸松秀典

1 店頭の防犯カメラ

 先日、散歩の途中で、コンビニ店の外側に秋の果物や野菜が豊富に並べられているのが目に入り、足を止めました。店員は、店の中で動き回っており、レジのあるカウンターは、入り口のガラス扉から離れたところなので、買いたい人は自分で選んで中に持っていかねばなりません。思わず、何だかとても不用心だな、このあたりの環境がとてもよいのかな、おおいに信用されているのだなどとつぶやいてしまいました。そうしたら、頭の上を見てごらん、カメラが設置されているよ、と散歩の同行者からすぐ指摘を受けました。見上げてみると、なるほど、「防犯カメラ」と赤字で記した帯が貼ってあるガラスの半玉が軒先の裏についているのを知りました(写真参照)。

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 そこで、歩くのを再開しながら、これまであまり気にしたことがない街中の防犯・監視カメラのことをあれこれ考え始めました。コンビニ店のような商店や資産家らしい個人宅に防犯用の監視カメラが取り付けられたり、役所、公道、公園などの公の場所に同様のカメラが設置されたりしていて、最近の散歩の道筋には、退職前に授業で扱っていた日常生活での人権問題の具体例が観察できるなと思いました。ただし、このコラムの性格からして、講義めいた難しい話をするつもりはありません。散歩の際にあれこれ考えたことを記しておきたいと思います。

2 街中での防犯・監視カメラの存在

 街中の監視カメラといえば、私は、30年余前に中国の北京で体験したことをすぐ連想してしまいます。詳しい話はともかく、あの有名な天安門前広場を、私はその東側にある友誼商店で購入した自転車に乗ってゆったり横切り(通常の外国人にとって、容易にはできそうもないことなので、得意満面の様子で)、西北の滞在ホテルの友誼賓館にまで運んだ体験があります。その自転車は、同じ任務で滞在していた教授たちの共用車とするために購入しました。そのような行動をしたからといって別段当局に咎められることはなかったのですが、「自転車での走行の様子が街中の随所に設置されている隠しカメラでしっかりとらえられている筈だ」との忠告を受けました。その忠告者は、北京での特別授業の世話をする日本の人でしたが、中国の社会の人々の様子が東京とは違って、常に当局から監視されているから、そのことを意識して生活していなければならないと説明してくれました。そこで、街中を移動するときは、常に緊張していなければならなかったのでした。4か月ほどの滞在後、東京にもどったときは、何だか自由な雰囲気に満ちているようで、解放的な気持ちとなりました。

 ところが、現在では、コンビニ店の前で受けた刺激により、それほど自由で気楽な雰囲気ではないのではないかと思い直しています。少し注意して見ると、歩道に沿った電信柱には監視カメラがついているし、数か月前には、車道にはっきり目立つ監視カメラが上下二車線の上部に設置されたことを覚えています。また、日が落ちてから散歩に出た際、民家の前を通るとき、ところどころで突然感知器による光を浴び、顔を上げるとカメラがこちらに向いていることに気付き、怪しい者ではないのに失礼だなと何だか気分が悪くなることがあります。

 これらの設備は、かつては設置にあたり問題とされたことを覚えています。少なくとも憲法研究者は、人権問題として許容できるためにはどのような要件が必要かを検討して、論考を発表したり、座談会の開催をしたりしました。その動向を簡略にいえば、当初は、批判的な論調が強かったが、次第にそれが弱まり、今日では、防犯・監視カメラの設置を正面から否認したり、攻撃したりすることがなくなっているといえます。その理由は、残酷な誘拐事件や殺人事件などが発生したときに、それらのカメラが犯人の姿を記録していて、事件の解決に役立つ場合が少なからず登場しているからです。また、それにかかわる報道がなされるために、犯罪者が警戒するようになり、防犯の役割を果たしているとの評価が優勢となっているようです。

3 プライバシーの保護

 防犯・監視カメラが設置されたために、自由な雰囲気の社会が後退していると、私は感じるようになっておりますが、皆さんはどうでしょうか。私のような北京での体験をしなくとも、長年、防犯カメラなどの存在しない社会で過ごしてきた人は、今の社会に雰囲気の変化を感じているのではないでしょうか。これは、プライバシーの保護が配慮されているか否か検討すべきと指摘する人が少なくないからだといえるようです。

 このプライバシーとは、今日では、権利として、それも憲法に根拠がある人権として保護されていると認められています。すなわち、憲法13条が保障する幸福追求権(正確には、「生命、自由、及び幸福追求に対する国民の権利」と規定されています)から導かれる人権とされ、裁判所も立法・行政機関も、そのことを容認しているといえます。大学の憲法の授業では、裁判例や立法・行政の状況に立ち入り、その意味内容を詳しく扱うはずです。また、広く使用されている憲法概説書もそれを詳しく説明しているので、ここではそこに立ち入る必要はないでしょう。取り上げたいのは、上述のように、散歩の際に防犯カメラの存在で刺激を受けた街中の雰囲気のことです。

 この雰囲気の変化のことを、憲法問題にかかわるとして、批判的に分析するつもりは全くありません。しかし、防犯・監視カメラの存在に対して、プライバシーの侵害のおそれがあると感じる人は、カメラが収録した情報を使って、自分に犯罪の嫌疑がかかったときどのように対処したらよいかという不安を抱いているのではないでしょうか。先にもふれたように、防犯・監視カメラは、忌まわしい犯罪の解決に役立っていることは否定できません。そうした社会全体のおおきな利益を大切にしなければなりませんが、誤って無実の人の肖像や個人情報が使われようとしたとき、どのように救済できるのか、あらかじめ明確にしておく必要があります。

 社会において、安全、安心の確保が必要であるとよくいわれます。防犯・監視カメラは、それに役立つことを否定できません。しかし、それと同時に、誰かの人権が犠牲になってしまうことは避けなければなりません。憲法の人権問題とは、このような答えを簡単には示すことができない悩ましい問題を伴っています。その問題を民主主義の多数決原理をもちだして、踏みつぶすようなことがあってはなりません。習熟した社会とは、そのことにだれもが真剣に対応しようとする状態が維持されている社会です。

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■著者プロフィール


tomatsu_pf.png 戸松 秀典 憲法学者。学習院大学名誉教授。

1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。

●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『憲法判例(第7版)』(有斐閣、2014年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)など著書論文多数。

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