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情景の変容――憲法秩序の変化 (第11回)

学習院大学名誉教授 戸松秀典

1 建物の新改築による街並みの変容

 日々散歩していると、あちこちで建物の新改築がなされている現場に出会います。ここに掲げた写真もその一例ですが、表通りでの新改築は、歩行者や車の通行に過度な障害とならないように配慮しているらしく、工事の現場や期間について、集中を避けた適度の間隔を設けて進められています。ですから、散歩のコースで徐々に現れてくる建物に興味をいだきながら、次第に姿を変えていく街並みの変容を楽しんでおります。

 さて、今回もこの散歩中に観察しながら得られる感慨を、法分野のことに結び付けて語ることにします。それは、法分野においても、時の経過に伴い生ずる不都合や、新たな必要性などに応えて、この建物の新改築に匹敵する作業がなされなければならないはずだということです。すなわち、憲法秩序での変化が生じているはずなのです。

 変化が生じているはずだなどという表現をしているのは、ご推察のとおり、街並みが着実に変容していてすばらしいなどといったすなおな感慨を、法分野についてはもてないのです。このことについて、少し語っておくことにします(注1)。

(注1)具体例をあげての立ち入った考察は、別の機会に行う予定でおり、その予告は、次回に行います。

2 憲法秩序の変化の概容

 憲法秩序(注2)は、まったく停止したままであるなどとは、誰しも思わないでしょう。社会での人々の生活の変化に対応して、法制度とその運用が変化していることを誰しも実感しているからです。私が注視したいのは、その変化の様相です。上に述べた街並みの変化のような具合となっているかということです。

(注2)憲法秩序とは、国法秩序のことであると、本コラムでしばしば述べていますが、イメージとして、第3回に掲げた大樹の写真を思い出して下さい。

 詳しい探求は別の機会に行うことにして、ごく簡略に、憲法秩序が変化しているところを示しておきます。

 まず、大きな変化だといえるのが、新たな人権の誕生をみせていることです。日本国憲法の発足時には意識されなかったけれど、時の経過とともに憲法に根拠をおく権利を認める必要が生じたことです。プライバシーの権利、肖像権、環境権、知る権利(情報公開請求権ともいう)、個人情報保護請求権、安楽死の権利などがその例です(注3)。これらの権利は、最高裁判所によって認められたのか、法律の制定によって保護されるようになったのか、憲法規定に根拠をおくことが容認されているのか、諸外国の中には人権となっているが日本ではそこまでは認められていないのではないかなどといった関心が伴い、それぞれの説明を単純に行うことができません。全体の傾向としては、先に散歩で得ている着実な街並みの変容という感じとは逆に、じれったさを感じさせられたり、不満足状態だったりと、快感を伴うような様相ではありません。

(注3)他にもっとあげることも可能ですが、ここでは網羅的に示すことが目的ではないので、この程度にとどめます。

 次に、日本の国法秩序において、明治憲法時代にはなく、日本国憲法において初めて法分野での基本価値となった平等原則(憲法14条)は、日本国憲法の70年余の歴史において、もっともその具体的内容が発展したといえます。たとえば、男女平等の問題、すなわち女性差別の解消に向けた努力は、日本国憲法の誕生時から今日に至るまで、着実になされてきました。しかし、すでに第5回の本コラムでもふれたように、女性の議会議員の数は少なく、世界的に低いランクになっていることが示すように、解決、検討すべき問題も少なくないのです。

 さらに、宗教に関する問題領域における変化も大きく、注目に値します。それは、政教分離原則違反(憲法20条)を争う訴訟が数多く裁判所にもたらされ、最高裁判所が積極的に違憲の判断を下す裁判例が登場したこともあり、社会における意識の変化が生じているといえます。しかし、日本の宗教状況には、イスラム世界での激烈な紛争とは同列におけないかもしれませんが、深刻な問題が登場しています(注4)。

(注4)それは、たとえば、寺院の維持が困難となり、僧侶の生存が難しくなっているということで、これに関しても別の機会にとりあげる予定ですが、深刻さの認識が浸透していないことが深刻だと私は感じている問題です。

 このような国民の権利や自由にかかわる状況の変化を語りだすと、本コラムのようなスペースでは正確な情報を示すことが難しいし、国会、内閣、裁判所、さらに地方自治体の活動変化についても触れなければならないので、以上のように、変化の概要の一部を示すことにとどめておきます。

3 変化への対応の課題

 憲法秩序において、変化への対応が求められるのは、社会の実情にあった法秩序が存在しないからであることが多いといえます。あるいは、既存の法制度が麻痺している、また、既存の法制度への改革が指摘されているのに、それを無視するとか、改革の必要性を認識しながらもそこを脱しようとしないなどといったことが認められます。こうした事情については、個別の具体例ごとに分析することが重要で、概括的な批判を展開しても、何ら有益な解決に向かわないと思います。

 そこで、ここでは、二つの現今の問題を提示して、それを読者の皆さんと共に考えてみたいと思います。

 その一つは、日本の社会で広く関心と論議を生んでいる少子高齢化の問題です。歴史上体験したことのない人口構成の変動により、対処すべきさまざまな問題点が絶えず発生して、政治が迅速にそれを解決できないまま時が経過しております。ここでその具体的問題点をあげるまでもなく、読者のみなさんも身近にいくつかを抱えているはずですので、考えるための基本理念の指摘をするにとどめます。それは、人間らしさを維持すること、言い換えると個人の尊厳を失わないようにすることです。経済的効率性や行政の便宜の追求に走ってはならないと思います。

 もう一つは、AI(人工知能)がもたらしている問題です(注5)。それへの法的検討、とりわけ憲法秩序にかかわる考察が着実になされているかということです。ロボット法が制定され適用されているEUにてらすと、日本の現状がおおいに気になります。

 (注5)先日、これを話題にしたら、それがどういう内容か分からないとの反応を得ているので、私も素人ですが、後に本欄で扱う予定でいます。

 これら2点に言及したのは、変容する街並みに沿って歩いていると、高齢者と若者との対照的なすれちがいを体験するからです。高齢者は、とぼとぼ、よたよたと歩行しており、若者は、スマホを操作しながら行き交うので、両者に対して衝突を回避する気遣いをするのですが、同時に、両者に関して法制度が着実に対応していないのではないかと考えさせられます。

(編注)
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■著者プロフィール


tomatsu_pf.png 戸松 秀典 憲法学者。学習院大学名誉教授。

1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。

●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『憲法判例(第7版)』(有斐閣、2014年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)など著書論文多数。

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