「賞」という制度によって、文学が注目されることは一概に悪いことだとは思わない。日頃、文学に感心がない人たちに文学がリーチする数少ない機会でもあるからだ。
ここしばらく毎年、ノーベル文学賞の時期になると、名前が挙がっていた村上春樹氏。2020年は少し変調の兆しがあった。村上氏のほかに日本の女性作家の名前が複数話題になったからだ。
有力候補の一人として各社がマークしたのが多和田葉子氏。長らくドイツに在住し、ドイツ語での文学活動をしてきたので、日本ではあまり知られていないかもしれない。『献灯使』(講談社文庫)に収められている表題作は、2018年に全米図書賞(翻訳文学部門)を受賞した。ほかに昨年『密やかな結晶』で同賞候補になった小川洋子氏の名前も。
また、柳美里氏の『JR上野駅公園口』(河出文庫)が11月に今年の同賞を受賞し、東日本大震災の被災地、福島県に移住した柳氏の活動が改めて注目された。
英公共放送「BBC」が2020年に英語で出版された45冊の作品を推薦。その中に日本人女性作家2人が登場した。その「2020年の年間最高書籍」の1冊には、「コンビニ人間」で芥川賞を受賞した村田沙耶香氏の『地球星人』(新潮社)が選出された。英語版タイトルは「Earthling」。村田氏は特集のメイン写真にも起用された。
もう1冊は、松田青子氏の短編集『おばちゃんたちのいるところ』(中公文庫)。英語版タイトルは「Where the Wild Ladies are」。日本の怪談に登場するキャラクターをモチーフにした作品。地元紙「ガーディアン」の書評でも、「愉快で美しい。超現実的で優しい。これは並外れた一冊だ」と絶賛された。
思えば、昨年の第161回直木賞候補になったのは、すべて女性作家5人の作品だった。そうした層の厚さが、国際的にも評価されてきたということだろうか。
国内の文学賞では第162回芥川賞を受賞したのが、古川真人氏の『背高泡立草(せいたかあわだちそう)』(集英社)。4回目の候補で受賞したが、舞台はデビュー作から一貫して長崎の島だ。方言が中心の文体とあいまって、どこか反時代的な雰囲気を感じさせる。
同・直木賞には川越宗一氏の『熱源』(文藝春秋)。サハリン・アイヌとロシアの流刑者だったポーランド人・民族学者ブロニスワフとの交流を熱く描いた。本屋大賞の候補にもなった。
第163回芥川賞には、遠野遥氏の『破局』(河出書房新社)と高山羽根子氏の『首里の馬』(新潮社)が選ばれた。 遠野氏は1991年神奈川県生まれ。慶応義塾大学法学部卒業。2019年『改良』で第56回文藝賞を受賞。その受賞第一作で芥川賞を射止めた。『破局』は肉体的にも知的にも優れた大学生が2人の女性を行き来する話。
大学生が主人公の小説と言えば思い出されるのが、田中康夫氏の『なんとなく、クリスタル』(1980年)だ。ブランド品に囲まれ、遊びに精を出す男女が登場した。それから40年。田中氏も遠野氏も大学生を描いた「文藝賞」受賞者という点で共通している。しかし、若者たちの虚無感は、より深まっているような気がする。
第163回直木賞には、馳星周氏の『少年と犬』(文藝春秋)。デビュー作『不夜城』でノミネートされて以来7回目での受賞に喜びが弾けた。
高山氏の『首里の馬』は沖縄県の那覇市が舞台。かつて沖縄にあった琉球競馬と現代の女性の生き方が交錯する作品。
沖縄を描いた小説と言えば、沖縄の人がその苦難の歴史や独特の風土を描いた作品が多い。「内地」出身(高山氏は富山県出身)の人が沖縄を描き、受賞したことに沖縄では好意的な反応が多いようだ。沖縄の地元紙である琉球新報は、「物語の背後に明治政府による琉球併合以降、沖縄が歩んだ苦難の歴史がある。沖縄戦で損壊した那覇・首里の街も描かれている。戦禍によって島の歴史を刻んだ多くの記録が失われた。『資料館』の収集品は記録の断片なのだろう。資料館の取り壊しに伴い物語の終盤、記録することの意義が浮かび上がる」とコラムで紹介した。
「このオレンジと白の独特な屋根の色模様が南国特有の景色に溶け込んで、うまいこと風情をかもしだしていた。
ただ、首里周辺の建物の多くは戦後になってから昔風に新しく作られたものばかりだ。こんなだった、あんなだった、という焼け残った細切れな記録に、生き残った人々のおぼろげな記憶を混ぜこんで再現された小ぎれいな城と建物群は、いま、それでもこの土地の象徴としてきっぱり存在している」
こう描かれた首里城は、執筆中に炎上する惨事があった。観光客が往来する華やかな大通りから一歩入ったところにある、重層的で魅惑的な街のたたずまいが見えてくるだろう。
BOOKウォッチでは、首里城の歴史にかんして『琉球王国の象徴 首里城』 (新泉社、シリーズ「遺跡を学ぶ」145) 、首里城の火災を記録した『報道写真集 首里城』(沖縄タイムス社)を紹介している。
全国の書店員が一番売りたい本を投票で選ぶ「2020年本屋大賞」を受賞したのは、凪良(なぎら)ゆう氏の『流浪の月』(東京創元社)。どういうジャンルの小説なのか分からないままに読み始めたが、ラストの感動に包まれて読み終えた。拉致監禁事件の加害者と被害者のその後を描き、多くの読者に支持された。
最後に、純文学、エンターテインメント小説取り混ぜ、評者が面白いと思ったベスト10を挙げてみよう(順不同)。白石一文氏『君がいないと小説は書けない』(新潮社)、絲山秋子氏『御社のチャラ男』(講談社)、島田雅彦氏『君が異端者だった頃』(集英社)、笙野頼子氏『会いに行って 静流藤娘紀行』(講談社)、奥泉光氏『死神の棋譜』(新潮社)、会田誠氏『げいさい』(文藝春秋)、今村翔吾氏『じんかん』(講談社)、横山秀夫氏『ノースライト』(新潮社)、森見登美彦氏『四畳半タイムマシンブルース』(株式会社KADOKAWA)、赤松利市氏『アウターライズ』(中央公論新社)。
『アウターライズ』は、東日本大震災に匹敵する災禍に襲われた東北が舞台。東北知事会が「独立宣言」するという近未来小説。年が明けると、あの震災から10年を迎える。
三島由紀夫が自決して50年を迎え、関連書の出版が相次いだ。その人生と作品に久しぶりに視線が集まった。死後もこれだけ注目される作家はあまりいないだろう。そのために「死」を演出したとしたら、三島の意図は果たされたのかもしれない。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?