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2020年回顧13 新型コロナウイルスに揺れた「夜の街」のルポがよく読まれた

新型コロナと貧困女子

 新型コロナウイルスの世界的な流行に揺れた2020年。関連のノンフィクションやルポがよく読まれた。その代表が中村淳彦氏の『新型コロナと貧困女子』(宝島社新書)だ。

 春から夏にかけて、東京の「夜の街」での感染が止まらないとされた。影響を受けたネオン街の緊急ルポであると同時に、"濃厚接触"でしか生きることができない女性たちの証言を集めた本だ。

 中村氏は『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)など、貧困や風俗などの社会問題をフィールドに取材を続けている。本書を緊急出版することが決まり、緊急事態宣言下の4月20日から新宿・歌舞伎町に入った。街から姿を消したホストやキャバ嬢もいた。「夜の街」の生々しい言葉を集めた。

 営業していたホストクラブも少なくない。中村氏は現役の女子大生ながらソープで働く20歳の女性と知り合い、ホストクラブの前まで一緒に行く。

 「歌舞伎町は壊滅状態といわれるなか、ホストクラブは営業していて大盛況だった。3密なのは当然、コロナはどこへ行ってしまったのか? という雰囲気だった」

 緊急事態宣言下でも、ホストクラブ通いをやめられないキャバ嬢や風俗嬢は多かった。「夜の街」でクラスターが発生したのは、こういう事情があったからだ。

「本屋大賞 ノンフィクション本大賞」の候補作に力作

 「2020年Yahoo!ニュース 本屋大賞 ノンフィクション本大賞」候補作6作のうち、事前にBOOKウォッチ書評で取り上げていた4作を紹介しよう。

 『女帝 小池百合子』(文藝春秋)は、小池百合子・東京都知事の半生を描いたノンフィクション。さまざまな「物語」に彩られた人物像に驚愕した。

 著者の石井妙子氏のもとにカイロ時代に小池氏と同居していたという女性、早川玲子さん(仮名)から、「文藝春秋」編集部気付で手紙が届いた。

 「小池さんがカイロ・アメリカン大学に、正規の学生として在学していたかは不明と言えます。カイロ大学は1976年の進級試験に合格できず、従って卒業はしていません。小池さんは『カイロ大学を卒業。しかも首席』という肩書を掲げて今日の栄光を勝ち得た訳ですが、私は彼女の自分語りを、あたかも真実のように報道している日本という国のメディアの浅薄さを感じずにいられませんでした」

 石井氏によると、カイロ大学で学生を苦しめるのは大学で使われる言語。エジプトでは口語(アーンミヤ)と文語(フスハー)が明確に分かれており、大学の教科書は文語で書かれ、講義も文語でされる。大変難解で、アラビア語を母国語とする人でも苦しむという。

 「アラビア語の口語すら話せなかった小池が、文語をマスターして同大学を四年間で卒業する。そんなことは『奇跡』だと嫌味を込めて語る人は少なくない」

 学歴なんか政治家の実力に関係ない。卒業でも中退でもどうでもいい、という人も多いだろう。しかし、石井氏はこう書いている。

 「出てもいない大学を出たと語り、物語を作り上げ、それを利用してしまう。彼女の人間としての在りようを問題視している。彼女は学歴と中東での経歴を最大限に利用し、政治的源泉として今の地位を手にした。しかし、それが虚偽であったなら、公職選挙法を持ちだすまでもなく、その罪は問われるべきであろう」

 本書の出版後、小池氏は再選を果たした。

夜這いの取材からスタート

 『つけびの村』(晶文社)は、2013年に山口県周南市の山村で起きた連続殺人放火事件を徹底取材したルポだ。都会から村にUターンしてきた男が「村八分」にされ、その恨みから5人を殺害し放火した事件として記憶している人も多いだろう。「平成の八つ墓村」とネットでも騒がれた。

 全焼した家の隣の民家には「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」と放火をほのめかすような貼り紙があり、その家に住む保見光成(当時63)が逮捕された。5人に対する殺人と非現住建造物等放火の罪で起訴され、一審と控訴審でも有罪判決が言い渡された。

 著者の高橋ユキ氏が取材に入ったのは、2017年のこと。すでに最高裁に係属中で、事件の「熱」もすっかり冷めた頃なのになぜと思ったら、高橋氏は2005年、女性4人で構成された裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成。殺人などの刑事事件を中心に裁判傍聴記を雑誌、書籍などに発表。ある雑誌からの注文で、この事件を取材することになったという。

 事件現場となった金峰地区には戦中、夜這いの風習があったという情報があり、それを確かめるのが目的だった。「夜這いの取材かぁ......」と思わず呟いてしまったという。

 夜這いの事実は確かめられなかったが、泥棒や放火が事件の前からあり、犯人は「保見ではない」という村人たちの証言を集めた。記事を書いたが、3回「没」になり、他の雑誌に掲載してもらった。そして不気味な村の正体を知りたくなり、村に通って取材を続ける。

 「うわさ話ばっかし、うわさ話ばっかし。
  田舎には娯楽がないんだ、田舎には娯楽はないんだ。
  ただ悪口しかない。」

 山中から発見された保見の遺留品のひとつであるICレコーダーに、吹き込んでいた言葉だ。高橋氏も「この村は"うわさ話ばっかし"だった」と書いている。

 裁判傍聴グループというアマチュアから始まったキャリアが、独自の文体を生み出している。

絶好調のブレイディみかこ氏

 2019年の同賞大賞を『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)で受賞したブレイディみかこ氏の新著『ワイルドサイドをほっつき歩け――ハマータウンのおっさんたち』(筑摩書房)も候補となった。ブレイディ氏は英国在住の保育士・ライター・コラムニストで一児の主婦でもある。

 6月の発売でベストセラーになった。前著が元底辺校と言われた中学校が舞台だったのに対し、今回は周囲の中高年の友人たちが登場する。副題の「ハマータウンのおっさんたち」は、文化社会学者のポール・ウィリスが書いた『ハマータウンの野郎ども――学校への反抗・労働への順応』(ちくま学芸文庫)に由来する。英国の労働者階級の子供たちが、反抗的で反権威的なのに、なぜ自ら労働者階級へと順応していくのかを明らかにした本だ。 1977年に出版された本なので、ブレイディさんの夫や友人たちは、ちょうど「野郎ども」の世代にあたる。

 「労働者階級のクソガキとしてワイルドサイドを歩いていた彼らは、いったいどのようなおっさんになり、何を考えながら人生の黄昏時を歩いているのだろうか」

 タトゥーを入れた友人のエピソードがほろ苦い。「PEACEという意味の漢字のタトゥーを彫って、(妻の)レイチェルに見せようと思ってる。それが俺からのメッセージだ」。 誇らしげに右腕上部に入れたタトゥー。よく見ると形状が変だった。

 「中和。になっちゃっているのだ。平和ではなくて」

 ブレイディさんはそのことを伝えられずにいる。「いいじゃないの幸せならば」と。

 梯久美子氏の『サガレン――樺太/サハリン 境界を旅する』(株式会社KADOKAWA)も魅力的な紀行作品だった。

 ちなみに、同賞大賞は佐々涼子氏の『エンド・オブ・ライフ』(集英社インターナショナル)が受賞した。在宅での終末医療の現場を取材した作品。

東京新聞のもう一人の女性記者

 『ふくしま原発作業員日誌 イチエフの真実、9年間の記録』(朝日新聞出版)が、7月に第 42 回「講談社本田靖春ノンフィクション賞」を受賞した。2020年2月刊。東京新聞の連載記事「ふくしま作業員日誌」(2011年8月~19年10月)をもとにしたもので、厳しい情報統制をかいくぐり、現場の作業員たちの肉声を丁寧に集めている。

 著者の片山夏子氏は中日新聞東京本社(「東京新聞」)の記者。片山さんは渾身の長期取材で作業員の信頼を得ていたが、原発事故から8年目に大量に出血、喉頭がんの診断を受けた。その後、回復したという。

 東京新聞の女性記者というと、安倍官邸と対決した望月衣塑子氏が有名だが、望月氏とは違う形で、粘り強く闘っている東京新聞のもう一人の女性記者の記録でもある。

 三上智恵氏の『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社新書)と國友公司氏の『ルポ西成――七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)も印象深かった。



 


  • 書名 新型コロナと貧困女子
  • 監修・編集・著者名中村淳彦 著
  • 出版社名宝島社
  • 出版年月日2020年6月25日
  • 定価本体880円+税
  • 判型・ページ数新書判・238ページ
  • ISBN9784299006301

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