小池百合子・東京都知事の半生を描いたノンフィクション『女帝 小池百合子』(文藝春秋)が話題になり、なかなか書店で手に入らない。伝手をたどってなんとか入手した本書を読み、さまざまな「物語」に彩られた人物像に驚愕した。
読者の最大の関心は「カイロ大学を首席で卒業した」とされる経歴の真偽だろう。そのことにふれる前に、著者の石井妙子氏とこの問題のかかわりについて言及したい。
石井氏は1969年生まれのノンフィクション作家。白百合女子大学卒業、同大学院修士課程修了。伝説的な「銀座マダム」の生涯を描いた『おそめ』は、大宅壮一ノンフィクション賞などの最終候補となり、一躍注目された。『原節子の真実』で新潮ドキュメント賞を受賞。女性をテーマに手堅い取材で定評がある人だ。
前回の都知事選(2016年)後に、月刊誌の依頼で小池都知事について取材を始めた。著書やインタビュー、対談の記事を読むうちに、話の辻褄が合わないことに気がついた。
カイロ時代を知る研究者、ビジネスマン、マスコミ関係者らの口は重かったが、取材を重ね、「小池百合子研究 父の業を背負いて」(「新潮45」2017年1月号)、「男たちが見た小池百合子という女」(「文藝春秋」2017年8月号)、「女たちが見た小池百合子『失敗の本質』」(「文藝春秋2018年1月号」)を発表した。
すると、カイロ時代に小池氏と同居していたという女性、早川玲子さん(仮名)から、「文藝春秋」編集部気付で石井氏に手紙が届いた。
「小池さんがカイロ・アメリカン大学に、正規の学生として在学していたかは不明と言えます。カイロ大学は1976年の進級試験に合格できず、従って卒業はしていません。小池さんは『カイロ大学を卒業。しかも首席』という肩書を掲げて今日の栄光を勝ち得た訳ですが、私は彼女の自分語りを、あたかも真実のように報道している日本という国のメディアの浅薄さを感じずにいられませんでした」
石井氏はカイロに飛び、当時の手帳、メモ、資料をすべて譲り受け、現地で調査。「文藝春秋」2018年7月号に「小池百合子『虚飾の履歴書』」を発表したが、反響は少なかった。1週間後に都知事会見でこの件が質問され、小池氏は「卒業証書もあり、カイロ大学も認めています」と答え、都議会で「法的な対応を準備している」と述べたが、今日に至るまで、石井氏は訴えられていない。
こうした経緯を踏まえた上で本書は刊行された。100人を超える関係者の証言をもとに、以下の構成になっている。「序章 平成の華」「第1章 『芦屋令嬢』」「第2章 カイロ大学への留学」「第3章 虚飾の階段」「第4章 政界のチアリーダー」「第5章 大臣の椅子」「第6章 復讐」「第7章 イカロスの翼」「終章 小池百合子という深淵」。
テレビキャスター、国会議員、都知事といかにしてステップを駆け上がって行ったかがわかる。
中でも「卒業問題」にかかわるカイロ時代の生活ぶりが詳細に書かれている。小池父娘が当時、頼りにした浪速冷凍機工業(ナミレイ)元会長の朝堂院大覚(松浦良右)氏の証言が興味深い。
「勉強に励んでいるようにはまったく見えなかった。親父の商売手伝ったり、空手の雑誌作ったり、そんなことしとったんだから。ワシはカイロ大は聴講生だと思っておったよ。勇二郎はワシにさかんに百合子を売り込んできよって、百合子もワシに近づこうとする。おそろしい親子だと思うた」
ところで、カイロ大学とはどういう大学なのか。BOOKウォッチで以前紹介した浅川芳裕氏(同大学中退のジャーナリスト)の『カイロ大学』(ベスト新書)によると、形の上では、カイロ大学はエジプトの国立総合大学だが、中東など幅広いアラブ・イスラム諸国から多数の留学生がやってくる。いわばこの文明圏の「エリート養成所」だという。
サダム・フセイン元イラク大統領(1961年、法学部中退)、アラファトPLO議長(55年、工学部卒)、ガリ国連事務総長(46年、法学部卒)、石油ショックの時に世界を揺るがしたサウジアラビアのヤマニ元石油相(51年、法学部卒)、アルカイダ指導者のアイマン・ザワヒリらを輩出している。
石井氏によると、カイロ大学で学生を苦しめるのは大学で使われる言語だそうだ。エジプトでは口語(アーンミヤ)と文語(フスハー)が明確に分かれており、大学の教科書は文語で書かれ、講義も文語でなされる。大変難解で、アラビア語を母国語とする人でも苦しむという。
「アラビア語の口語すら話せなかった小池が、文語をマスターして同大学を四年間で卒業する。そんなことは『奇跡』だと嫌味を込めて語る人は少なくない」
この問題は石井氏だけでなく、国際ジャーナリストの山田敏弘氏やカイロ・アメリカン大学大学院の卒業生である作家の黒木亮氏も調査し、それぞれ雑誌に発表していることも紹介している。
カイロ大学は従来から「小池都知事は卒業している」としており、先日も同様の声明を発表したばかりだが、石井氏はその理由にもふれている。詳細は本書を読んでいただきたい。
学歴なんか政治家の実力に関係ない。卒業でも中退でもどうでもいい、という人も多いだろう。しかし、石井氏はこう書いている。
「出てもいない大学を出たと語り、物語を作り上げ、それを利用してしまう。彼女の人間としての在りようを問題視している。彼女は学歴と中東での経歴を最大限に利用し、政治的源泉として今の地位を手にした。しかし、それが虚偽であったなら、公職選挙法を持ちだすまでもなく、その罪は問われるべきであろう」
小池氏が世に出るきっかけを作った記事を書いたり、政界へ紹介したりしたとされるメディア関係者の中には、評者が知る人もいる。本書を読み、先輩たちの不明を恥じ入るばかりだ。
BOOKウォッチでは、石井氏の著書『日本の天井――時代を変えた「第一号」の女たち』(株式会社KADOKAWA)、『原節子の真実』(新潮文庫)を紹介している。
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