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百田尚樹氏の最高傑作は?

百田尚樹をぜんぶ読む

 本書『百田尚樹をぜんぶ読む』(集英社新書)のタイトルを見て、その保守的な言動から拒否反応を示す人もいるかもしれない。映画にもなったベストセラー『永遠の0』の著者だが、意外に著作が批評される機会は少なかった。二人の気鋭の論客が、百田氏のすべての作品を読み込み、文学としての側面を徹底的に論じた書である。

 杉田俊介さんは1975年生まれの批評家。すばるクリティーク賞選考委員。著書に『非モテの品格』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)など。

 藤田直哉さんは1983年生まれの文芸評論家。日本映画大学准教授。著書に『虚構内存在』、『シン・ゴジラ論』(ともに作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)など。

真面目に論じられなかった百田作品

 なぜ、こうした試みをしようとしたのか。「序章 なぜ百田尚樹を読もうとするのか」で杉田氏が意図を語っている。百田氏の政治的発言があまりに差別的だったり歴史修正主義的なものだったりするので、リベラル・左派からの批判、反証が先行して、小説が真面目に読まれたり、論じられたりする機会が少なかった。しかし、「小説家としての百田は、やはりただものではありません」と力量を認めざるを得ないからだ。

同じジャンルの作品は書かない

 たとえば、読者を飽きさせないため、一作ごとにジャンルを変えている。同じジャンルの小説は二度と書かない、という自己ルールを定めているという。具体的にはこうだ。

 「戦争小説、短編ファンタジー連作、青春スポーツ小説、昆虫小説、時代小説、自伝風ピカレスク、ショートショート、サイコサスペンス風恋愛小説、大河小説、ユーモア小説、ディストピア小説、囲碁小説、ジュブナイル......」

 こんな作家はかつていただろうか? ここまで読んで、1冊も百田作品を読んだことがなかった評者も、本書に引き込まれた。

 序章以下の構成は次の通り。章タイトルと言及されている作品を列挙しよう。

 第1章 揺籃 『永遠の0』、『聖夜の贈り物』、『ボックス!』、『風の中のマリア』、『モンスター』、『リング』、『影法師』、『錨を上げよ』、『幸福な生活』、『プリズム』
 第2章 転回 『海賊とよばれた男』、『夢を売る男』、『フォルトゥナの瞳』、『殉愛』
 第3章 爛熟 『カエルの楽園』、『幻庵』、『夏の騎士』
 第4章 自壊 『日本国紀』、エッセイ・対談

 個々の作品についての論考は第1~4章で展開されている。結論を知りたい人は序章を読むだけでも全体像をつかむことが出来る。全部読んだところでの感想を二人はこう述べている。

 「小説においては、ツイッターで見るイメージよりも、好感がもてました(笑)。悪いところだけ切り取られているという本人の主張も、まぁそうなんだろうなと感じました」(藤田氏)

3つの顔がある百田氏

 藤田氏は百田氏には3つの顔があると指摘する。堅実なエンターテインメント作家、保守思想家、さらにメディアイベントの仕掛け人という顔だ。特に3つ目の顔が最も重要だという。

 評価する作品でも二人の見方は分かれた。

 「僕は百田尚樹の小説には、かなり当たり外れがある、と感じています。僕の印象では、百田の作家的手腕が最もたくみに発揮されるのは、文庫本一冊に収まる長さの長編小説です。依然として、デビュー作『永遠の0』が百田のフィクションとしての完成形であり、原点にして頂点、最高傑作だと考えています」(杉田氏)
 「僕としては、百田尚樹の全作品の中で、『錨を上げよ』がいちばん好感が持てました。というのは、生まれ育った大阪の環境のことなどを率直に書いて、なぜ自分がそう感じざるを得ないのか、そのことをきちんと分析しているからですね」(藤田氏)

 思想的な発言と重ね合わせた分析も読みごたえがあるが、小説ファンの評者が最も関心を持ったのは、『錨を上げよ』が30歳前後に習作的に書かれた事実上の最初の小説だったということだ。

 百田氏は1956年大阪生まれ。同志社大学を中退、テレビ局で放送作家をしていたことはよく知られている。『錨を上げよ』は、年譜的事実と一致する面がある一方、「めちゃくちゃ喧嘩に強かったり、アウトロー的な生き方をしていたり」百田氏とは思えないキャラクターも投影されているという。

自身の最高傑作は『錨を上げよ』

 本人が「自伝的要素が強く」、「私はひそかに『自身の最高傑作』だと思っています」と書いているが、杉田さんの評価は厳しい。

 「これはアンチ成長小説です。つまり、本当は成熟して、成長しなければならないのに、まったく成長のできない男の物語。ひたすら成長しようとしてあちこちを遍歴し放浪するんだけど、結局まったく成長できずに、同じところへ戻ってくる。ダメでクズの自分であり続ける。しかも2400枚にわたって。そういう異形の作品です」

 一方、藤田氏は「『永遠の0』以降の百田尚樹の創作の背景というか、手の内を明かす内容」になっており、「思想の問題ではなく生理の問題である」ということをちゃんと書いている、として最高傑作と推している。評者も「初めての百田作品」として『錨を上げよ』を読んでみようと思った。

百田氏からのリプライ

 この対談は、本書の校正刷りの作業中に、「集英社新書プラス」のウェブに掲載され、百田氏本人からツイッターでリプライがあった。

 「気鋭の批評家と文芸評論家らしいが、的外れな評論に苦笑。2人は「思想」という物差しでしか小説を見ていない。またフロイト流の古臭い分析に酔っている。思想以前に私がエンタメとして如何に構造と筋と文を工夫しているかが見えていない」

 杉田氏はこの批判が当たっているか、本書を読んで読者に判断してもらいたい、という一方で、言論上の批判をするにとどまったことに感謝を表している。

 百田氏は『日本国紀』で、南京事件はフィクションであるとしているが、BOOKウォッチで紹介した『増補 南京事件論争史』(平凡社)などが、詳細に南京事件について論じている。



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  • 書名 百田尚樹をぜんぶ読む
  • 監修・編集・著者名杉田俊介、藤田直哉 著
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2020年4月22日
  • 定価本体940円+税
  • 判型・ページ数新書判・318ページ
  • ISBN9784087211184
 

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