「空気が読めない」と周囲から批判されたり、排除されたりする人はいないだろうか。新型コロナ対策により、同調圧力がますます強くなった日本の社会。本書『空気を読む脳』(講談社+α新書)は、そうした日本の心性について、脳科学を中心とした科学的なエビデンスをもとに論じた本だ。
著者の中野信子さんは、東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了の脳科学者、医学博士、認知科学者。現在、東日本国際大学教授。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍している。
「"カミカゼ遺伝子"は脳内に現代も息づいているか」という刺激的な問いかけから、本書は始まる。そして、日本人の持つ協調性は、日本の教育によるものなのか、それとも日本人の脳が持つ独特の、生まれつきの要因なのか、と続ける。どうやら後者だというのだ。
日本人の脳にあるセロトニントランスポーター(脳内で働くと安心感をもたらすセロトニンの量の調節を、再取り込みというかたちで担うたんぱく質)の量は、世界でもいちばん少ない部類に入るという。その結果、世界でも、最も実直で真面目で自己犠牲をいとわない人々だが、いったん怒らせると何をするかわからなくなる。
この因果関係について、京都大学の高橋英彦准教授が行った「最後通牒ゲーム」を使った実験をもとに説明している。
「日本で、ルールを少しでも逸脱した人がバッシングを受けてしまう現象が相次いでいますが、根底にはセロトニントランスポーターが少ない、という脳の生理的なしくみが関与している可能性があります」
コロナ禍のもと各地で見られる「自粛警察」という現象も日本人の脳に起因するということになるのか。こうした脳と行動との関係について、以下の構成で叙述している。
第1章 犯人は脳の中にいる ~空気が人生に与える影響とは? 第2章 容姿や性へのペナルティ ~呪いに縛られない生き方 第3章 「褒める」は危険 ~日本人の才能を伸ばす方法とは? 第4章 「幸福度が低い」わけがある ~脳の多様すぎる生存戦略
それぞれいくつかの節から成るが、評者が関心を持った2つの項目について紹介したい。
一つは「不倫もバッシングも脳や遺伝子に操られているのか」というテーマだ。「週刊文春」の報道で、つい最近も芸能人の不倫が新たに明るみに出たばかりだ。ネットにはバッシングする書き込みがあふれている。
中野さんは前著『不倫』(文春新書)でも、不倫が起こるメカニズムとバッシングについて詳しく論じている。共同体の中でコストを負担せず、「おいしいところどり」をする「フリーライダー」に対して、制裁を加えることが求められる、と説明する。
「不倫をする有名人は、『一夫一婦制』という共同体のルールを守らず、ごく個人的な快楽を貪っている......つまり、『コストを払わずおいしい思いをしている』ように外野からは見えるのでしょう。それが集団内のほかの人の『フリーライダー検出モジュール』に火をつけてしまうのです」
さらにダメな男がモテる理由、ある特定の遺伝子の特殊な変異体を持つ人は不倫率、離婚率、未婚率が高いことも紹介している。不倫が遺伝子や脳の仕組みによるものと言われても納得しない人が多いだろう。不倫をめぐるトラブルはいつの世も絶えないということか。
本書で最も意外に思ったのは、「褒めて育てる」のは、正しいのか? と問題提起した第3章だ。コロンビア大学のミューラーとデュエックが行った研究を紹介し、褒められた子は難しい課題を避けるようになり、「頭がいい」という評価から得られるメリットを維持するため、ウソをつくことに抵抗がなくなる、というのだ。
無条件に褒めるのではなく、「その人の努力や工夫に焦点を当てて褒めていこう」という原理に基づくべき、としている。そして、江本孟紀さんの『野球バカは死なず』(文春新書)を引用し、野村克也さん流の才能の伸ばし方は、科学に裏付けられたものだと評価している。
このほかにも、脳科学で見た「いい男」の選び方、タブー破った「毒親」という表現、真面目さが日本人の長寿の秘密? など、興味深いトピックスが取り上げられている。
自分が主体的に行動しているように思えても、実は脳に操られている部分が多いと知ると、何となく気が楽になった。そんな効用をもたらす本である。
BOOKウォッチでは、中野さんの『悪の脳科学』(集英社新書)も紹介済みだ。
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