読むべき本、見逃していない?

原節子に「幻の恋人」がいた!

  • 書名 原節子の真実
  • 監修・編集・著者名石井妙子 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2019年1月29日
  • 定価本体710円+税
  • 判型・ページ数文庫判・433ページ
  • ISBN9784101372525

 昭和の大女優、原節子。その実像に肉薄したノンフィクションが本書『原節子の真実』 (新潮文庫)だ。2016年に単行本として刊行され、新潮ドキュメント賞を受賞した。本書はその文庫版だ。

 よく知られているように、原節子は1963年、42歳で映画界を去り、2015年に95歳で亡くなるまで一切のマスコミの取材を拒否して静かな生活を続けた。自身の人生がノンフィクションとして書かれることはおそらく望んでいなかっただろう。ということもあって、評者は何となく気が進まず単行本は読んでいなかった。今回、文庫化されたということもあり、初めて手にした。

やはり会えないのか、それとも・・・

 二つの印象があった。一つは著者のノンフィクション作家、石井妙子さんが、非常に文章が上手だということ。ぱらぱらめくっただけで、この著者は相当の書き手だなと直感する本はそう多くはない。

 たとえば著者が、原節子が住む鎌倉の家を訪れるシーン。これまでにも何度か訪問していたが、会えていない。今度はどうだろう。やはり会えないのか、それとも・・・。

「照りつける太陽は夏日のように強く、時おり吹き抜ける海風は潮を含んで重たかった・・・何度も離れの屋根を見上げる。あたりは物音ひとつせず、目に映るすべてが静止していた。インターフォンへと手を伸ばしかけるが、なかなか決心がつかない・・・片手に抱いた花束から一瞬、蒸れるような花の香りが濃く立ち上がった」

 「潮を含む重たい海風」は著者の気持ちを、「物音ひとつせず、目に映るすべてが静止している」状況は、世間と絶縁した原節子の隠遁生活を、一瞬、立ち上がった「蒸れるような花の香り」は銀幕の女王として喝采を浴びていた原節子の絶頂期の様子を、おそらくは暗喩しているのだろう。

 この日は原節子の95回目の誕生日だった。しかし、これまでと同じく会うことはできなかった。そして、その3か月後、彼女はこの世を去った。その事実が明るみになったのは、亡くなって2か月半も経ってからだった。原節子は、自らの死すらも封印しようとしていたのだ。

近づいてくる男をブロック

 さて、本書から立ち上るもう一つの強い印象は、著者が非常に丁寧な取材を行いつつも慎重な記述を心がけているということである。

 ノンフィクションとして書くからには、どうしても原節子本人に会いたい。何度か直接訪問しているのは上記のとおりだ。そのほかにも多数の関係者に会っている。

 中でも白眉は、原節子の「恋人」に絡む部分だ。種明かしになるので詳しくは書けないが、「恋人」といわれていた人物の息子さんに会って貴重な話を聞いている。もちろん、この「恋人」は、映画監督の小津安二郎ではない。

 原節子の義兄は熊谷久虎という映画監督だった。戦前の映画界で大変な力を持っていた大物だ。彼が、原節子に近づいてくる男たちをすべてブロックしていた。この「恋人」も熊谷によって遠ざけられたという。そのことは何人かの映画人が、「恋人」の名を伏せつつ、これまでにも書き残しているが、石井さんのように、改めて親族にインタビューしたケースは珍しいようだ。この「元恋人」がのちに再婚した相手は、原節子によく似た風貌の人だったという。

後半生は「会田昌江」として生きた

 著者は、原節子の存命中、同居する親族に、評伝を書く旨をつづった手紙や自分の著書を手渡してきた。ぜひとも本人に読んでもらいたいと思ったからだ。

 
「おそらく彼女は、私からの手紙を読み、『ありがたい』とは思わなかったことだろう。むしろやめてほしい、迷惑だ、そっとしておいてほしい、と感じたに違いない。自分について語ることも、語られることも望まない。それが原節子であり、会田昌江だと思う」

 原節子――本名・会田昌江。前半生を大女優「原節子」として、後半生を無名の市井の人「会田昌江」として生きた。ハリウッド女優のグレタ・ガルボなども早く引退したが、完全に人目を避けた後半生を送ったわけではなかった。その意味では原節子は、世界的にも特異な大女優だった。文庫版の最後に著者は書いている。

 
「『彼女の墓所を知りたい』という問い合わせをファンの方、メディア関係者から数多く受けるのだが、どうかそういう考えは持たないで頂けたらと願っている。彼女は死の間際まで自分の痕跡を残すまいと配慮に配慮を重ね、自分の墓所を知られまいとした。その思いを尊重し、心のなかで偲んで欲しい」

 本書を書くに当たり、著者は原節子について書かれた膨大な資料を渉猟しており、巻末にはその一覧が掲載されている。

 本欄では原節子の貴重なエッセイが採録されている本として『幻の雑誌が語る戦争』(青土社)を紹介済みだ。

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