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原節子、石川達三、阿部真之助...意外な一面

幻の雑誌が語る戦争

 3人の有名人について、これまで知らなかったことを知った。女優の原節子(1920~2015)、作家の石川達三(1905~85)、元NHK会長の阿部真之助(1884~1964)の3人である。

 本書『幻の雑誌が語る戦争』(青土社)は、立教大学教授(日本近代文学・文化専攻)の石川巧さんが、忘れ去られていた雑誌を見つけ出し、そこに掲載されていた随筆や小説などから文学史上の意味や時代とのかかわりなどを調べた労作だ。新たに発掘したのは『月刊毎日』『国際女性』『新生活』『想苑』の4誌。いずれも総合文芸誌で戦争中や戦後すぐの発行だったが、短期間で消えていた。

「大女優」が本音の一端を吐露

 原節子さんは戦後、九州で発行されていた「想苑」という雑誌に含蓄のある随想を書いていた。1946年11月号。これまでの原節子研究では知られていなかった。

 原さんは現役時代、しばしば新聞や雑誌のインタビューに応じていたが、そこでは「女優」の立場での型通りの発言がほとんど。まして自分で文章を発表することは少なかった。その意味でも貴重な記録だ。

 随想は戦後の満員電車の描写から始まる。ぎゅうぎゅう詰めの大混雑。赤ん坊の泣き声や乗客の怒声が飛び交う。原さんは座席に座っていたが、胸の高さまで他の乗客の荷物が積みあがっている。そんな車内の様子を活写しながら、こうつづる。

 「敗戦前の日本人は、日本人自身をおめでたいほど高く評価してゐた...ところが、敗戦後は、その日本人をひどく自卑的にし、今ではあべこべに日本人は全くなつてゐないといふ声が、はんらんしてゐる。ほんとにわたしたちは日本人でありながら日本人がいやになつてしまふほどのいろいろな現象を目撃する」

 実に率直に、「大女優・原節子」ではなく、1人の日本人としての想いをつづっている。戦前は国策映画の大スター、戦後は直ちにGHQご推奨の民主主義的な作品で脚光を浴びた原さんの複雑な心情がこぼれ出ている。

 彼女の義兄は戦前の映画界の大立物。国粋主義者として影響力をふるい、戦後に刊行されたこの雑誌にもかかわっていた。その関係で原さんの随想も載ったのだろう。こうした形で、原さんが本音の一端を吐露したのは珍しいという。原稿用紙数枚の随想だが、原節子という女優の観察眼と思索力に改めて感じるものがある。今どきの女優でこういう文章が書けるとはたぶん吉永小百合さんぐらいだろう。

「文壇のドン」も闘っていた

 もう一人、おやっと思ったのは石川達三さんだ。戦前、『蒼氓』(1935年)で第一回芥川賞を受賞して注目され、戦後は『青春の蹉跌』や『金環触』などヒットを連発、日本文芸家協会理事長など要職を歴任した。業界の重鎮、文壇のドンとして君臨した人というイメージがある。

 戦争中は1938年の『生きてゐる兵隊』が発禁処分、禁固4か月執行猶予3年の判決を受けたが、42年には、海軍報道班員として東南アジアを取材。45年1月には文学報国会の実践部長に就任し、「報国」の一文なども発表していたが、本書で意外な一面を知った。

 石川さんは北京で戦争末期に刊行されていた「月刊毎日」という雑誌の45年8月号に「沈黙の島」という小説を載せていた。輸送船が敵の攻撃で撃沈され、乗っていた「私」が南洋の小島に漂着して、そこで見聞した話をつづるという筋立て。この小島は、近くにある別の島と戦争を繰り返しており、島同士の争いの物語を通して、最終局面を迎えていた太平洋戦争を想起させるという劇中劇の構成だ。

 二つの島の指導者は、ともに島民の言論を封じて戦争に駆り立てていた。その詳細は本書に譲るが、きわめて象徴的、寓話的に当時の日本の状況を語っている。内地で発刊された雑誌なら即刻、発禁だっただろう。じっさい石川さんは、45年7月14日から毎日新聞で「成瀬南平の行状」という連載小説を書いていたが、政府への批判的言辞があるということで28日に打ち切りになっている。

マスコミの頂点を渡り歩いた男は...

 3人目は阿部真之助さん。誰だいその人、と思われるかもしれない。野球の選手ではない。戦前は毎日新聞(東京日日新聞)の主筆を務め、戦後は日本エッセイスト・クラブ初代理事長やNHKの会長にもなった。マスコミ界の頂点を渡り歩いた人、というぐらいのおぼろげな認識しかなかったが、時流に逆らおうとした骨のある人だったことが分かった。

 戦前の新聞は、新聞紙法、治安維持法、国家総動員法、新聞紙等掲載制限令、言論・出版・集会・結社など臨時取締法というような法令でがんじがらめ。阿部さんは毎日新聞の最高幹部で、自身は社内の役員会などで三国同盟反対などを主張していたが、社論として社外に出すことができなかった。出せば廃刊に追い込まれるからだ。やがて軍部に睨まれ、実名での執筆もできなくなっていた。

 その阿部さんがペンネームで「月刊毎日」には辛辣な連載を書いていたことがわかった。それだけではない。この雑誌の事実上のフィクサーは阿部さんだったというのだ。それゆえに石川達三も上記のような小説を発表することができたのだろう。文芸通の阿部さんは、戦後のNHK会長当時もペンネームで東京新聞にコラムを執筆していたという。

 本書で紹介された「幻の雑誌」は、著者の立教大学・石川教授が古書店などで見つけたもの。さらに補足的な調査で資料を充実させた。いわば足で稼いだ労作だ。雑誌発見に至るまでのドラマも記されている。テレビで「酒場放浪記」が人気だが、石川さんには「古本屋放浪記」の執筆も期待したい。

  • 書名 幻の雑誌が語る戦争
  • サブタイトル『月刊毎日』『国際女性』『新生活』『想苑』
  • 監修・編集・著者名石川巧
  • 出版社名青土社
  • 出版年月日2017年12月25日
  • 定価本体2600円+税
  • 判型・ページ数B6判・318ページ
  • ISBN9784791770373
 

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