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英国労働者階級のおっさんへの応援歌

ワイルドサイドをほっつき歩け

 2019年の本屋大賞ノンフィクション本大賞となったのは、ブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)。英国在住の保育士・ライター・コラムニストのブレイディみかこさんが、英国の中学校に通う一人息子の生活を描き、多くの共感を呼んだ。

クソガキたちも中高年に

 そのブレイディさんの新著『ワイルドサイドをほっつき歩け――ハマータウンのおっさんたち』(筑摩書房)が、6月の発売で早くも5刷10万部のベストセラーになっている。前著が元底辺校と言われた中学校が舞台だったのに対し、今回は周囲の中高年の友人たちが登場する。

 副題の「ハマータウンのおっさんたち」は、文化社会学者のポール・ウィリスが書いた『ハマータウンの野郎ども――学校への反抗・労働への順応』(ちくま学芸文庫)に由来する。英国の労働者階級の子供たちが、反抗的で反権威的なのに、なぜ自ら労働者階級へと順応していくのかを明らかにした本だ。

 1977年に出版された本なので、ブレイディさんの夫や友人たちは、ちょうど「野郎ども」の世代にあたる。

 「労働者階級のクソガキとしてワイルドサイドを歩いていた彼らは、いったいどのようなおっさんになり、何を考えながら人生の黄昏時を歩いているのだろうか」

ブレグジットの賛否でカップルが対立

 「第1章 This Is England 2018~2019」には21のエッセーが収められている。歌のタイトルに寄せ、どれも身近な友人たちから英国の社会や移民問題、格差問題などを論じ、ほろりとさせる。中でも、ブレグジット(英国のEU離脱)に揺れる英国社会を描いた「刺青と平和」が逸品だ。

 夫の幼なじみのレイ(1956年生まれ)は、典型的な労働者階級の家庭で育ち、自動車の派遣修理工をしていた。ストレスから大酒飲みになり、肝臓を患った。断酒を決意し、病院から出てきたら家族が蒸発していた。

 冷静に受け止め、職場に復帰し、地道に働いていた。パブの代わりに行くようになったスポーツジムで30代の美容院経営者と出会い、6年ほどパートナーとしてうまくやってきたところにブレグジットの国民投票。それが波紋を呼ぶことになった。

 彼女の店の美容師も顧客も70%がEU圏からの移民なので、彼女は猛反対。EU官僚に反感を抱く彼は賛成派だ。投票結果に彼女は半狂乱になり、家庭の中は暗くなった。関係修復のため彼が思い立ったのは、タトゥー。

 「PEACEという意味の漢字のタトゥーを彫って、レイチェルに見せようと思ってる。それが俺からのメッセージだ」

 誇らしげに右腕上部にタトゥーを入れたレイと寄り添う彼女。よく見ると形状が変だった。

 「中和。になっちゃっているのだ。平和ではなくて」

 ブレイディさんはそのことを伝えられずにいる。「いいじゃないの幸せならば」。

無料の医療制度も危機に

 英国の医療制度にふれた「Killing Me Softly――俺たちのNHS」もコロナ禍の今、読むと非常にシリアスな内容だ。おおまかにNHS(国民保健サービス)とプライベート(民間医療施設)の2つに分かれ、自費で治療する人はプライベート、無料で治療を受けたい人はNHSを利用する。

 しかし、NHSは自分が登録している地域の診療所の主治医にまず診てもらわなければ、専門の診療科に行くことが出来ない。この主治医のアポを取るのが大変だというのだ。以前は電話予約でなかなかつながらなかったのが、朝8時に直接行くようになり長蛇の列、さらに並ぶだけではダメで、いつかかってくるか分からない主治医からの電話のために自宅で待機せざるを得ないようになった。

 どんどん予約が入れにくいシステムになったのはカネがないからだという。NHSで診察や治療を待たされるがん患者の数は史上最高になっている、と書いている。

 戦後まもない1945年に労働党政権が打ち立てたNHSだが、事実上、とても使い勝手が悪い制度になっている。

 「地方の街の地べたレベルでは、もはやNHSは機能していない」

 2020年7月18日現在、英国の新型コロナウイルス感染者数は29万4116人で世界9位。死者数は4万5204人でアメリカに次いで2位。いろいろ要因はあるだろうが、低所得者層が医療機関にアクセスしにくいのも一因ではないだろうか、と本書を読み、思った。

労働者階級の多様性

 第2章は、解説編になっており、現代英国の世代、階級、酒事情について詳しく書いている。EU離脱をめぐる国民投票以降、英国では「労働者階級」のイメージの悪魔化が進んだという。メディアが労働者階級はみんな離脱派だとか、タトゥーだらけのレイシスト(人種差別主義者)という描き方をしたために、中上流階級はそう思ってしまうという。

 労働者階級にも多様性があり、「多様な人種とジェンダーと性的指向と宗教と生活習慣と文化を持ち、それでも『カネと雇用』の一点突破で繋がれる」、それが「労働者の立場が弱すぎる現代に求められる新しい労働者階級の姿」だと、ブレイディさんは考える。

 時代はどう変わろうと、おっさんたちは生き延びていくだろう、と著者は確信している。彼らへの応援歌である本書は、日本に住む私たちにも勇気を与えてくれる。

 ブレイディみかこさんは、1965年福岡市生まれ。県立修猷館高校卒。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996年から英国ブライトン在住。保育士の資格を取り、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を始め、2017年新潮ドキュメント賞を受賞した『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)をはじめ、多くの著書がある。BOOKウォッチでも、『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』(亜紀書房、共著)を紹介している。

  


 
  • 書名 ワイルドサイドをほっつき歩け
  • サブタイトルハマータウンのおっさんたち
  • 監修・編集・著者名ブレイディみかこ 著
  • 出版社名筑摩書房
  • 出版年月日2020年6月 2日
  • 定価本体1350円+税
  • 判型・ページ数四六判・256ページ
  • ISBN9784480815507
 

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