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遺伝子、ゲノム、DNA、染色体の違いを正確に言えますか?

池上彰が聞いてわかった 生命のしくみ

 遺伝子、ゲノム、DNA、染色体・・・。いずれもメディアで頻繁に登場する用語だが、実はその意味や違いをきちんと知っている人は少ないのではないだろうか。

 本書『池上彰が聞いてわかった 生命のしくみ 東工大で生命科学を学ぶ』(朝日文庫)は、池上彰さん自身がそうした素人の一人という立場で、専門家にあれこれ突っ込んで聞いて理解を深めた本だ。生命科学の常識と最先端知識の概要を学ぶことができる。

世代で知識の格差が

 池上さんはまず、最近の「高校・生物」の教科書を買い求めて読んだ感想を記している。自分が高校生だったころと、内容がずいぶん変わっていることに驚いたという。とにかく「DNA」という言葉がやたらに出てくる。池上さんはしみじみ語っている。

 「今の高校生と私の世代との間に、知識の格差ができてしまいました」

 そこで、世代格差・落差を少しでも埋めたい、というのが本書の趣旨になっている。池上さんの素朴な疑問と突っ込みに答えるのは、東京工業大学教授の岩崎博史さんと、田口英樹さんだ。

 岩崎さんは1961年生まれ。所属は科学技術創成研究院細胞制御工学研究センター。大阪大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。イエール大学留学後に横浜市立大学教授、東京工業大学大学院生命理工学研究科分子生命科学専攻教授などを経て、現職。文部科学大臣科学技術賞、日本遺伝学会木原賞などを受賞している。

 田口さんは1967年生まれ。所属は科学技術創成研究院細胞制御工学研究センター。東京工業大学大学院総合理工学研究科生命化学専攻博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、東京工業大学助手、東京大学大学院准教授などを経て、現職。

直後にノーベル賞受賞

 本書は、2016年9月に発行された単行本がもとになっている。そのとき、ゲストとして登場したのが東工大の大隅良典栄誉教授だ。ノーベル賞有力「候補」として紹介したところ、なんと刊行の3日後に本当にノーベル生理学・医学賞を受賞してしまった。一同、大いに盛り上がったという。縁起のいい本だ。

 本書は、生物学を高校時代にほとんど学んでこなかった東工大の新入生に対し、生命科学をわかりやすく教えたいという東工大教員の思いが発端になっている。東工大は理系だが、医学部があるわけではない。したがって、高校時代は理科の科目では、物理や化学を選択していた学生がほとんどなのだ。

 難しくなりがちな生命科学の話を、初心者向けに上手に伝えるのはどうすればいいか。池上さんの登場となる。ジャーナリストのかたわら、東工大で特命教授をしているという縁もあった。

 さらに言えば、本書は過去の単行本の単なる文庫化ではない。このわずか4年足らずの間でも、生命科学の分野では、私たちの想像をはるかに超える進展があったことを踏まえて、改訂を加えている。

中国でゲノム編集ベビー

 その一つが「ゲノム編集」に関わる部分だ。遺伝子情報を人為的に書き換える技術が現実のものとなった。これまで長い時間をかけて品種改良を行い、有益な農作物や家畜を創り出してきた人類は、ほんの数週間・数か月で目的を達成できるようになった。

 この技術をヒトに使えば、遺伝病を根本的に治療できる可能性が見えてくる。一方で、使い方を誤ると、人類の脅威となる生物を短時間のうちに創り出す可能性も秘めている。

 2018年秋、中国でゲノム編集ベビーが誕生したというニュースが流れた。HIV感染を防ぐためという理由で、受精卵のゲノム編集が行われたらしい。このデリケートな手法をヒトに応用するにはどのような準備が必要か、国際的な合意が形成される前に、事態が動き出してしまった。

 今回の改訂では、最新情報を伝えるとともに、それにまつわる問題点も厳選して追記したという。本書は以下の構成だ。

 第1章 「生きているって、どういうことですか」
 ・ウイルスは生物ですか など
 第2章 「細胞の中では何が起きているのですか」
 ・タンパク質は何をしているのですか など
 第3章 「死ぬって、どういうことですか」
 ・老化するとはどういうことですか など
 第4章 「地球が多様な生命であふれているのはなぜですか」
 ・秘境、深海、そして地球外に未知の生命はいますか など
 第5章 「ゲノム編集は私たちの未来を変えますか」
 ・中国のゲノム編集ベビーはどこが問題なのですか など

大隅さんは高校時代、生物を学ばず

 DNAが二重らせん構造をしているということが分かったのは1953年のこと。そこから生物学は爆発的に発展した。ところが日本の「高校・生物」の教科書では、新情報を付け足してはいたものの、基本的なスタイルは変わらなかった。

 2012年度になって指導要領が変わり、新しい教科書は、「生命とは何か」という根本原理をベースにしたものに大きく様変わりしているという。生物学は英語では「バイオロジー」だが、生命科学は「ライフサイエンス」。生命現象を科学として理解することに力点が置かれている。「DNA」などについての記述が増えているというのも当然だ。

 冒頭の用語について言えば、遺伝子は遺伝情報、遺伝情報の総体がゲノム、DNAは遺伝子を担う物質で、DNAが集まったものが染色体だ。この辺りは、生命科学のイロハとなる。本書ではこのほか、「クローン、ES細胞、IPS細胞とは何ですか」「IPS細胞を使ってどんなことができますか」など約70の質疑応答が並んでいる。

 池上さんのように60年代末に高校を卒業した世代は、授業で生物を選択していても、「分子生物学」についてはきちんと習っていない。そのため、池上さんは素人という立場で質問しているが、もちろん博識・勉強家の池上さんは、本当は素人ではない。すでにNHKで「週刊こどもニュース」を担当していた時、クローン羊について解説したこともある。何の知識もなければ専門家に話を聞くことはできない。常に知識のリニューアルを怠らないからこそマスコミの最前線で活躍を続けている。

 最後に「特別対談」が掲載されている。「どうして今、生命科学を学ぶのですか」というタイトル。池上さんが大隅さんに聞いている。ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅さんは分子生物学者だが、高校時代は「生物」を一切勉強していなかったという。大学に入ったころに、遺伝子を分子レベルで説明しようとする分子生物学が確立したことで、勉強を始めたそうだ。そんな経緯を知れば、本書を入り口に、ゼロからでも「生命科学」の世界にチャレンジしようかという勇気がわいてくる。旧世代のみならず、理系を目指す中高生には格好の読み物と言えそうだ。

 BOOKウォッチでは関連で、『ゲノム編集の光と闇』(ちくま新書)、『合成生物学の衝撃』(文藝春秋)、『生命の歴史は繰り返すのか?』(化学同人)、『残酷な進化論――なぜ私たちは「不完全」なのか』(NHK出版新書)、『わかりやすさの罠』(集英社新書)なども紹介している。



 
  • 書名 池上彰が聞いてわかった 生命のしくみ
  • サブタイトル東工大で生命科学を学ぶ
  • 監修・編集・著者名池上彰、岩崎博史、田口英樹 著
  • 出版社名朝日新聞出版
  • 出版年月日2020年4月 7日
  • 定価本体740円+税
  • 判型・ページ数文庫判・352ページ
  • ISBN9784022620101
 

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