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読み応えがあったノンフィクションの秀作 2019BOOK回顧(12)

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

 2019BOOK回顧の連載、最終回はテーマ別の回から漏れたノンフィクションの秀作を何点か紹介したい。

圧倒的な支持を集めた『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』

 トップバッターは本屋大賞のノンフィクション本大賞となったブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)だ。タイトルは、11歳の息子さんがノートに走り書きした一節からつけた。日本人(黄色人種)の母親とアイルランド人(白色人種)の父親の間に生まれたぼくは、ちょっと憂鬱な(ブルー)気分、といったところだろう。

 息子くんは、学校ランク第1位の公立小学校で生徒会長をしていたような優等生。ほとんどが、そのままランク第1位の公立中学校に進むが、実際に通うことを決めたのは近所の「元・底辺中学校」だった。

 移民が多い英国では、人種の多様性があるのは優秀でリッチな学校、白人英国人だらけの学校は荒れているという風評があるという。父親の反対を押し切り、自分の選択で「元・底辺中学校」に入った訳だが、そこは「殺伐とした英国社会を反映するリアルな学校だった。いじめもレイシズムも喧嘩もあるし、眉毛のないコワモテのお兄ちゃんやケバい化粧で場末のバーのママみたいになったお姉ちゃんたちもいる」ところだった。これは大丈夫なのか、ようやく私の出番になったと思った著者が見たのが、冒頭の一節だったのだ。

 「『glee/グリー』みたいな新学期」、「バッドでラップなクリスマス」、公立校と私立校の格差を書いた「プールサイドのあちら側とこちら側」など、英国社会の観察を交えながら、彼の中学生活の折々を記録していく。

 息子と距離感を置きながら観察し、記述する著者の立ち位置が絶妙だ。日本の保護者なら、はなからこうした学校には入れなかっただろうし、入れたとしたら過保護に動き回るに違いない。

 著者が自分の意見(「元・底辺校」への進学)を押し付けず、息子くんが自らの選択で進んだというのが、このノンフィクションの要となっている。こんな素敵なタイトルが浮かぶくらいだから、熱中しているバンド活動でも活躍するに違いない。

 多くの書店員さんと読者の支持を集め、ベストセラー街道を走っている。

バブルの怪人を追いつめる

 経済事件などのノンフィクションで実績をあげているのが、読売新聞社会部記者出身の清武英利さんだ。読売巨人軍球団代表をつとめた。その解任劇で思い出す人もいるかもしれない。

 住専マネーに群がった怪しいバブル紳士たちを相手に、地道に粘り強く取り立てを続けてきた男たちの奮闘を描いたのが『トッカイ-バブルの怪人を追いつめた男たち』(講談社)である。

 弁護士の中坊公平さんが初代社長になった整理回収機構。回収第一本部の大阪特別回収部(トッカイ)に採用された男たちが主要な登場人物だ。

 住専最大手「日本ハウジングローン」から移った者、住専の老舗「日本住宅金融」の一期生で、末野興産に多額融資をしていた者、大手銀行からの出向者、ほかにも大阪府警の所轄署刑事課長から転身し、大阪特別対策部(トクタイ)次長となり、トッカイ社員の守護神を務めた元刑事もいる。本書ではすべて実名で登場する。

 バブル破綻の記憶は薄れつつあるが、攻防はいまも続いている。この20年間で回収した債権は10兆円を超えるそうだ。忘れ去られた借金のカタをつけようと奮闘する人々の姿に熱いものを感じた。もっと読まれていい作品だ。

戦後の電力をめぐる攻防史

 関西電力の高浜原発をめぐる黒いマネーの実態が今年、明るみに出て、国の原発政策にも大きな影響を与えている。電力をめぐる戦後史にスポットを当てたのが田中聡さんの『電源防衛戦争』(亜紀書房)だ。

 電力をめぐっては戦後、さまざまな局面で権力と暴力、金をめぐる暗闘が続いてきた。

 本書の主な登場人物は5人。自ら作った発電所を戦前の国策会社に吸収され、戦後取り戻そうと戦い続けた実業家・加藤金次郎。官僚による電力の統制に抵抗し続けた「電力の鬼」松永安左エ門。発電所の労働組合と共産党の弱体化のために攪乱工作をした右翼活動家・田中清玄。原子力発電を超特急で日本に導入しようとした正力松太郎と中曽根康弘。加藤以外の4人は有名だ。

 ところでタイトルにもなっている「電源防衛戦」とは何か。ここに獄中転向して、反共主義者となった田中清玄が登場する。田中が創立した三幸建設工業の社員が電源防衛隊員になり、1950年の夏、群馬や福島など水力発電所を抱える電源地帯に現れた。表は啓蒙活動だが、裏は暴力団まがいの実力行使。この活動は田中が社会的に認知されるきっかけになったという。

 その後、田中はインドネシア、アラブ諸国からの石油輸入などにかかわる。「最期まで電源防衛隊の隊長であり続けたかのようだ」と書いている。

 最終章では原子力発電の日本への導入に尽力した故中曽根康弘氏が登場する。原爆を見た体験から原子力の「平和利用」に取り組んだ、と生前よく語っていたという。その功罪について今後、明らかになっていくだろう。

消えた富豪の足跡をたどる

 『赤星鉄馬 消えた富豪』(中央公論新社)は、近来まれな評伝の傑作である。著者はノンフィクション作家の与那原恵さん。啓明会という研究助成財団をつくり、大正時代に100万円(現在の貨幣価値にして20億円)を提供した赤星鉄馬。ほとんど書き残さずに消えた富豪の足跡を負った労作だ。

 武器商人として財をなした薩摩出身の父。若くして全財産を相続した鉄馬は、「富士山が一夜で出来た様な不思議な富豪」と新聞に揶揄された。そして、大正3年(1914)に起きた「シーメンス事件」で、まったく関与していないのに取り沙汰され、「シーメンス事件の赤星」の印象を世間に残した。

 相続した茶道具、美術品を大正6年(1917)に売却する。510万円(現在の貨幣価値にして110億4000万円)という膨大な金額。それはどこに消えたのか?

 鉄馬は、紳士社交クラブ「東京倶楽部」や日本人による初のゴルフクラブ「東京ゴルフ倶楽部」、さらに東京倶楽部の釣り好きがつくった奥日光の「丸沼鱒釣会」とその後進である「東京アングリング・エンド・カンツリー俱楽部」などにかかわった。だから、社交や趣味についての記述が圧倒的に多い。

 趣味以外には、ほとんど取材も受けず、書き残さなかった富豪。著者がその人物像に迫るさまは推理小説を読むようにスリリングだ。

 女優との交際や宇宙旅行に大金をつぎこもうとする現代の「富豪」とはまったく異なる人間をそこに見出し、感動することだろう。

 来年はどんなノンフィクションに出会うことができるだろうか。(おわり)

  • 書名 ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
  • 監修・編集・著者名ブレイディみかこ 著
  • 出版社名新潮社
 

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