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「寂聴法話」を新書で手軽に

寂聴 九十七歳の遺言

 瀬戸内寂聴さんはこれまでに500冊近い著書を出している。『寂聴 九十七歳の遺言』(朝日新書)はその最新刊。寂聴さんは毎月、朝日新聞に「寂聴 残された日々」というエッセイを連載している。それをまとめた本かと思ったら、違った。2019年4月に京都・寂庵で二回にわたって行われた朝日新聞記者による単独インタビューを基に加筆したものだという。したがって、ごく最近の寂聴さんの思いが詰まっている。

「この子は一年も生きられない」

 全体は以下のような構成になっている。

 【第一章】生きることは愛すること 愛することは許すこと
 【第二章】「ひとり」は淋しいか
 【第三章】「変わる」から生きられる
 【第四章】今この時を切に生きる
 【第五章】死ぬ喜び 

 まずは寂聴さんの生まれた時の話から。体が弱くて、お産婆さんから「この子は一年も生きられない」といわれたそうだ。「だから、可哀そうな子だと、ずいぶん甘やかされて育ちました」「三つ子の魂百まで。だから、こんなわがまま放題な人間が出来あがったんです」と少し自分を貶める。読者は寂聴さんの奔放自在な人生を知っているから、なるほどそうだったのか、とうなづく。

 つづいて寂聴さんは、「それでも小説家として六十二年、僧侶として四十六年、人間の生き死にに対して、精一杯向き合ってきました」と自尊の思いも述べる。そして、「この本では、九十七歳といういつ死んでもおかしくない私が、その長い営みの中で発見した『心の薬』のようなものについてお話していきます」と語りだす。読者としては、寂庵で寂聴さんの法話を聞いているような感じになって、次なる展開が楽しみになる。

 寂聴さんは「好きなことを好きなようにして生きてきました」「心残りは全くありません」と言い切る。だが、「後悔がひとつだけあります」と謎かけをする。読者は何のことだろうと前のめりになる。

 それは、すでに結婚していた25歳の時、3歳の娘を残して、家を飛び出したことだった。「一番に愛して責任を持って守らなければならない存在を、私は自分の欲望のために捨ててきました」「それが唯一の後悔です」と自身の罪深さを告白する。

 母なのに実子を捨てる。よくよくのことだ。寂聴さんはそういう「業」を背負っている。それを自覚しながら生きて、今も心を痛めている。程度の差はあれ何がしかの「業」を抱えている多くの聴衆や読者は、こうして寂聴さんの世界に引き込まれていく。

波乱の人生が待ち受けていた

 寂聴さんは徳島の仏壇屋の娘として生まれた。小学生のころに五歳年上の姉が持っていた文学全集を読破、将来は小説家になりたいと思っていたという。成績はいつも一番。地元の女学校から東京女子大に進んだ。通常ならお嬢様コースだ。しかし、早々と結婚した後、世間のルールを大きく踏み外す波乱の人生が待ち受けていた。

 相当の苦労の末に小説家として認められたが、のちに宗門に入る。現世に生きながら半分現世を捨てたような数奇な人生を選ぶことになった。本書では、作家の井上光晴氏との8年に及ぶ不倫にけりをつけようと思ったのも、出家のきっかけの一つだったと正直に書いている。

 寂聴さんがユニークなのは、宗門に入ったからといって、完全に脱俗していないところだろう。91歳の時には、若者が1万5千人も集まった会場の講話で、「青春は恋と革命だ!」と叫んで大うけしたことがあるそうだ。老境に入ってなお「恋」はもちろん、「革命」まで口走る幅の広さが持ち味だ。

 三歳で捨てた娘は、先夫の後妻に育てられ現在は75歳。京都の寂庵に時々訪ねてくる間柄になっている。今では寂聴さんのことをさりげなく「お母さん」と呼んでくれる。そのたびに「心が痛む」という。

 人生相談でも知られる寂聴さん。子を持つ奥さんから「離婚したい」という相談を受けたときは、「子供を連れて家を出られるなら離婚でもなんでもしたらいい。でも、子供を連れていけないなら辛抱しなさい」と答えることにしているという。

出逢えたことが有り難い

 本書は「遺言」と銘打たれていることからも分かるように、さりげない一文にも寂聴さんの思いが詰まっている。せっかくなのでもう少し、紹介しておこう。

 非常に愛していたご主人と最近死に別れたという人が、寂庵にはたくさん訪れるという。みんな毎日泣いて暮らしている。寂聴さんのアドバイスは、「愛する人を失った悲しみも、恋愛と同じようにそう長くはつづかない。有り難いことに、人間には忘却という能力、忘れる力もあります」。

 でも、十年たっても、二十年たってもずっと辛いという人がたまにいるという。ここで再び寂聴さんの一言。「よほど縁の深い者同士だったのでしょう。そんな人には別れを悲しむのではなくて、その人にこの世で出逢えたことじたいが、とても有り難いこと、幸せなことだと思ってほしいですね」。

 本書は話し言葉で書かれているので、すっと読める。悩み事がある人は、どこかに心当たりがあるはず。「新書で寂聴法話」と思えば安い。しかも「遺言」だから貴重だ。

 ちなみに12月12日の朝日新聞連載「寂聴 残された日々」では、アフガニスタンで殺された中村哲さんの思い出を書いていた。一度しか会ったことがないが、5時間も話し込んだという。「近く私もあなたの跡を追いますよ。必ずまた逢いましょう。ゆっくり長い話をしましょう」と結んでいた。ちょうど社会面には中村さんの葬儀の記事が掲載されていた。最高のタイミングで長文の追悼のエッセイを書くカンの良さと筆達者ぶり。まだ「遺言」には時間がありそうな気がする。

  • 書名 寂聴 九十七歳の遺言
  • 監修・編集・著者名瀬戸内寂聴 著
  • 出版社名朝日新聞出版
  • 出版年月日2019年11月30日
  • 定価本体750円+税
  • 判型・ページ数新書判・200ページ
  • ISBN9784022950444
 

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