編集者の夢はベストセラーを出すことだ。それもミリオンセラー。その夢を実現できる人は年に1人か2人しかいない。最近では佐藤愛子さんの『九十歳。何がめでたい』(小学館)や、『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)を仕掛けた編集者ぐらいだ。
本書『朝ドラには働く女子の本音が詰まっている』(ちくま新書)を書いたフリーランス、矢部万紀子さんは、実はその数少ない「ミリオン編集者」の一人。かつて週刊朝日の編集部にいたころ、松本人志さんの連載を担当し、『遺書』『松本』というミリオンをブッ飛ばしたのだ。それぞれ250万部、200万部という驚異的な数字だった。
本書は、その矢部さんがライターとして、「朝ドラ」への「愛」をつづった一冊だ。学芸部、週刊朝日副編集長、アエラ編集長代理などを経て新聞社を中途退社。雑誌「いきいき」編集長に移ったが、そこも辞めて満を持してフリーランスとしてのデビュー作だ。
「朝ドラ」についての類書は少なくない。2017年も『みんなの朝ドラ』 (木俣冬著、講談社現代新書)、『「朝ドラ」一人勝ちの法則』 (指南役著、光文社新書)などがある。ヒットの法則を解き明かしたり、復活の理由を探ったり、名作の魅力を語ったりしている。15年にNHK自身が朝ドラの歴史をまとめたムック『朝ドラの55年』を刊行し、作品にまつわるデータも整理され、関連本が出しやすくなっているのだろう。
本書も、そうした「朝ドラ分析本」の一冊ではある。しかし、やや違うところもある。それは徹底して矢部さんの主観的な感想と独自の文体、いわば「矢部ブシ」で書かれていることだ。
例えば「ゲゲゲの女房」の向井理さんについての話。女子の集まりで、誰かが「彼の顔のサイズは、じゃんけんのグーより小さい」と言ったという。その時の情景をこう記す。
「・・・そこにいた女子もみな『グーより小さい』と納得し、『うん、きっとそうだね』と明るくうなずきあった。冷静に考えれば、そんなことは多分ないが、みんなで『グーより小さい』を共有しあえたあの空気。とてもなつかしい」
おわかりだろうか。登場人物はすべて女子なのである。リアルに「そこにいた40代後半の女性たちは」と書くと、一気に現実に戻って、引いてしまう。「女子」なら年齢不詳、みなが若返って目が輝き、かわいくなる。メルヘンの世界にワープできる。
したがって、本書のタイトルも「女子」なのだ。しかも「働く女子」。これが「朝ドラには主婦の本音が詰まっている」では、矢部ブシは成立しない。「(朝ドラ)ヒロインの人生の戦いは、すべての働く女子の戦いに重ねられる」とも説明されている。著者は明らかに、そうした「働く女子」を読者として明確に意識した書き手だ。おそらく本書の延長で「働く女子目線」の第二弾、第三弾がこのあと出てくると思われる。
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