2009年10月に発覚したギリシャの財政問題は、欧州の広い地域に連鎖し「ユーロ危機」に発展、域内ばかりか世界を混乱に巻き込み多くの傷跡を残したものだ。当のギリシャはこの8月、やっと欧州連合(EU)による金融支援の枠組みから脱却、自力再建に取り組み始めた。平穏が戻ったかにもみえるヨーロッパだが、なお不透明な英国のEU離脱、対露関係、テロ対策、衰えぬ難民流入圧力などの問題がなお立ちはだかる。
本書『本音化するヨーロッパ』(幻冬舎)によれば、ユーロ危機、難民危機と次々と危機に見舞われEUや欧州全体が揺さぶられるのは、エリートらが理想の実現を急ぐあまり拙速にコトを運んだ「統合」に対し、そのツケを回された普通の人々が「本音」をあらわにして反発したため。ポピュリズムの台頭は、ヨーロッパが本音化していることを示しているという。
著者の三好範英さんは読売新聞編集委員。1982年に入社し、バンコク、プノンペン、ベルリンなどの支局で勤務。これら海外取材経験を生かした著者も数多く、2015年9月刊の『ドイツリスク 「夢見る政治」が引き起こす混乱』(光文社新書)で第25回山本七平賞特別賞を受賞した。
著者は17年9月に約3週間、かつて駐在していたドイツを含めヨーロッパ各地を回って取材を重ね、それを元に本書の執筆に当たった。「今の危機は異次元とも言える切実さを含んでおり、危機は継続し、むしろこれから深刻化するだろう、というのが私の見立てである」という。それは、危機が別の危機を生み、さらにそれがまた...という具合に連鎖しているからだ。
ヨーロッパを悩ます危機は、外から押し寄せるものと、内部の矛盾が危機に発展したものとの2つがあるという。外からの圧力は難民危機やロシアの動向。内に抱えるのはいまだにくすぶるユーロ危機やポピュリズムの台頭だ。難民危機の対策への不満などから「極右」あるいは社会民主主義政党より左派のポピュリズム政党が支持を伸ばしたように、外と内との危機は相互に作用しており「外からの危機の解決が見えない中、危機は、EU加盟国の内部に広く、深く浸透し、内側からヨーロッパを掘り崩している」という。
台頭当時、極右とよばれた右派ポピュリズム政党だが、その呼び名は、その国の「政治スペクトラムで最右翼」という意味であって、より左派であるポピュリズム政党を含めて、その支持層をみた場合、ポピュリズムの概念を当てはめる方が、今のヨーロッパの政治現象に対する理解が進むのではないかと著者。
「これらヨーロッパの左右のポピュリズム政党に通底する特色とは、反グローバリズム、反エリート、反既成政党・メディア、そして比重が大きいのが反EUの立場である。また、その支持基盤は、指導的なイデオローグである知識人は別として、『普通の人々』である」
「普通の人々」は、左派政党支持者である労働者や公務員、右派を支持する商工業者や農民であるが、これら左右に分かれていたはずの人たちが、危機に対する不安や不満、怒りから、横断的に一つになって生まれたものだ。
地域を統合化してEUを誕生させ、通貨を統合しユーロが生まれたが、ドイツでは国民にその可否を問うプロセスはなかったという。「ヨーロッパのエリート階層は、庶民の生活に根ざした真剣な不安、不満に耳を貸そうとしてこなかった。建前と本音の間に大きな乖離があり、本音の意見は未成熟な政治意識として抑圧してきたのがヨーロッパの政治の姿ではなかったか」と著者。だから、ポピュリズムの台頭は抑圧されてきた側からの反乱という側面があり、ヨーロッパ社会を大きく変える可能性を秘めているという。
ポピュリズムを勢いづけているのは、移民・難民の高まりで生じる社会福祉をめぐるしわ寄せに対する不満、治安悪化への不安、国民や国家の一体性が失われることへの懸念、経済悪化による格差拡大や失業などへの怒りだ。これが鬱積した普通の人々には、グローバル化などは考慮の外であり「人々が抱く疎外感は、世界の出来事に価値を認めないシニシズム(冷笑主義)やニヒリズム(虚無主義)にまで至る危険性もある。ヨーロッパは大きな分水嶺に直面している気がしてならない」と著者は憂う。
著者はヨーロッパ各地で、普通の人々らに取材し、本書でその声がまとめられている。そのなかで、かつて駐在したドイツを再訪し、移民・難民の受け入れが進んだことから、ところどころで、ドイツらしい生真面目さが失われている体験を述べたところが印象的だ。「ヨーロッパの右派ポピュリズムが求める移民・難民の制限は、日本が現に実施している政策とさほど径庭はない」という。著者は、日本人は想像力をたくましくしなければ、ヨーロッパで普通の人々が直面している不安や不満を理解できないと述べる。
本書の現地からの報告は、想像力をたくましくするのに大いに助けになる。
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