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天安門広場に「ナチスの旗」・・・どうして?

秘蔵写真200枚でたどるアジア・太平洋戦争

 1枚の写真は百行の文章に匹敵する、といわれることがある。いや、1000行以上の文章に匹敵するのかも・・・。決定的なシーンを雄弁に証言するからだ。

 本書『秘蔵写真200枚でたどるアジア・太平洋戦争――東方社が写した日本と大東亜共栄圏』(みずき書林)をながめていて、ふとそんな言葉を思い出した。

木村伊兵衛らがいた

 タイトルにあるように、「アジア・太平洋戦争」の写真集である。眠っていた写真も含めた2万点のなかから200点を精選している。類書とやや違うのは、戦時中に「東方社」のカメラマンが写した写真だということだ。

 東方社は1941年にできた陸軍参謀本部の傘下の特殊機関。主に対外向けの写真宣伝物を制作していた。当初は「東亜建設」というグラフ雑誌、のちに軍事宣伝雑誌「FRONT」を発行した。民間会社だが、資材は陸軍から支給され、制作品はすべて陸軍が買い上げる形だった。当初は社員50人ほど、最盛期は100人ほどに膨らんでいたという。

 その顔ぶれがなかなかすごい。写真家の木村伊兵衛、濱谷浩、グラフィックデザイナーの原弘など戦後も活躍する一流どころが集まっていた。一時は林達夫が理事長、中島健蔵が理事長代行をしていたと聞くと、これは相当なものだな、と推測がつくだろう。二人とも戦後、評論家になって著作集も残している。

 本書は長年、近現代の視覚メディア史を研究している井上祐子さんの編著。京都外国語大学非常勤講師で公益財団法人政治経済研究所の主任研究員も務める。

 井上さんによれば、東方社は「気概の知識人やクリエーター」が集まった「文化人の隠れ里」だった。「FRONT」などは「戦前のグラフ雑誌の白眉」、戦時下でカメラマンやグラフィックデザイナーが技術を磨き続けた場所だという。実際、東方社は戦後すぐに「文化社」に衣替えし、こんどは左翼的な色合いの濃いグラフ雑誌を発行しているそうだ。

北京も日本の支配下に

 本書に納められている木村伊兵衛撮影の「野外演習」や「歩兵ポートレート」を見れば、やはり大家の写真は違うなと、素人目にも納得するものがある。写真から伝わる緊張感、ヒリヒリした感じが半端ではない。

 パラパラめくっていて、勉強になったのは、林重男撮影の「天安門の分列行進」だ。天安門広場で閲兵式のようなことが行われている。それを見守る一団には、ドイツから来たと思われる「ヒトラー・ユーゲント」の姿が見える。天安門にヒトラー・ユーゲント、戦時中とはいえ、この取り合わせはなぜなのか。

 日中戦争から太平洋戦争にかけて、中国情勢は混とんとしていた。日本は満州国をつくりつつ、中国各地で蒋介石の国民党軍や毛沢東の共産軍と戦っていた。そして中国側にはもう一つ、日本に協力するグループもいた。

 1937年、日中戦争がはじまると、日本は華北の拠点、北京を制圧。そこには王克敏が率いる対日協力政権の中華民国臨時政府が樹立される。のちに、南京で汪兆銘が立ち上げた国民政府の一部となった。43年1月には英米に宣戦布告、日本に協力することを発表する。満州国にとどまらず、このころ華北も日本のテリトリーになっていた。写真はそのころのものだ。

 天安門で分列行進しているのは、日本の華北占領政策に奉仕する中国人団体の青年たちだ。同じ「青年」ということで、「ヒトラー・ユーゲント」もナチスがらみの旗を持って祝賀に来たのだろう。本書で、井上さんが詳細に解説しているので、写真の背景となった当時の北京事情が分かる。

 それにしても天安門に翻るハーケンクロイツ。革命後は毛沢東の写真が飾られてきた中国の「聖地」のあまりにも意外な姿だ。一枚の写真が激動の現代史を語っている。

なぜ香港空爆写真が...

 ちなみにこの写真を撮った林重男(1918~2002)は、原爆投下後の広島・長崎を撮影した写真家としても知られている。『爆心地ヒロシマに入る―カメラマンは何を見たか』 (岩波ジュニア新書)などの著書もある。戦後は「反核・写真運動」の代表委員も務めていた。そうした林の戦後の足跡も含めて眺めていると、さらに味わい深いものがある。「アエラ」の1995年8月10日号「原爆と日本人」には、本人のインタビュー記事も出ている。

 もう一つ、気になったのは香港が空襲された写真だ。1945年1月、市民約1000人が犠牲になった時のものと思われる。無差別爆撃で街が破壊され、遺体も写る。何でそんな写真を陸軍関係のカメラマンが撮影しているのかというと、香港は1941年12月25日から終戦まで、日本軍に占領されていたのだ。つまり日本の占領地が連合軍に空爆された写真ということになる。この日本統治時期を香港では「三年八個月」と呼んでいるそうだが、もはや知る日本人は少ないだろう。

 ウィキペディアによると、北京に樹立された中華民国臨時政府の主要メンバーは戦後、漢奸として捕まり、銃殺された人が目立つ。日本占領期の香港総督として名を残す3人の日本軍人のうち2人は戦後銃殺刑、1人は終身刑を言い渡されている。

 J-CASTでは類似の写真集として『復刻アサヒグラフ昭和二十年 日本の一番長い年』を紹介しているが、本書の場合、「海外編」が重視されており、「アジア・太平洋戦争」という広がりを視覚的に理解できる。

  • 書名 秘蔵写真200枚でたどるアジア・太平洋戦争
  • サブタイトル東方社が写した日本と大東亜共栄圏
  • 監修・編集・著者名井上祐子 編著
  • 出版社名みずき書林
  • 出版年月日2018年7月15日
  • 定価本体3400円+税
  • 判型・ページ数B5判・230ページ
  • ISBN9784909710031

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