論文を書くためのマニュアル本はしばしば出版されるが、本書『情報生産者になる』(ちくま新書)はベストセラー、そしてロングセラーになりそうな予感がする。なにしろ梅棹忠夫の『知的生産の技術』、KJ法の川喜田二郎『発想法』など京都学派で育まれた情報生産術を踏まえ、さらに磨きをかけた上野千鶴子スペシャル。女性学の創始者として知られる社会学者の上野さんは、フェミニズム論争でも有名だが、本書を読むと実に緻密でオーソドクスな学問の手法に則っていることがわかる。東大文学部社会学科の上野ゼミで学生、大学院生を指導したエッセンスが漏れなく明かされている。研究者だけでなく、オリジナルな企画を立て、データを集め、論理的なレポートを書く必要に迫られている、すべての社会人に有益なテクニックが満載だ。
情報を消費するのではなく、情報を生産する人になることを上野さんは求めている。本書は研究をまとめるための一種のマニュアル本だが、それにとどまらない「知の技法」の本となっている。
上野さんが示す「研究とは何か」のフローは、以下の通りだが、研究以外のさまざまな知的活動でも有効だろう。
1問いを立てる 2先行研究を検討する 3対象を設定する 4方法を採用する 5理論仮説を立てる 6作業仮説を立てる 7データを収集する 8データを分析する 9仮説を検証する 10モデルを構築する 11発見と意義を主張する 12限界と課題を自覚する
中でも参考になると思ったのは、インタビュー・データなど質的データの処理のしかただ。データの使い方が恣意的になりがちで信頼性に欠ける恐れがある。川喜田二郎のKJ法を改訂した「うえの式質的分析法」は使えると思った。詳しいマニュアルは本書に載っているが、データをユニット化、カテゴリー化、チャート化することによって、データを活かすのだ。「質的データを徹底的に帰納分析し、データそのものに語らせる......エビデンスにもとづいた経験科学として質的データを有効活用することができれば、たとえどんなに事例数が少なかろうが、それをもとに、確実にこれだけのことは言えると主張できるはずなのです」と書いている。
上野ゼミでは他人の論文のコメントをすることによって、論文を書く基本を学ぶという。その際の教訓が面白い。「自分にできないことを、他人に要求しない」。さらにないものねだりに等しいコメントへのディフェンスとして「それはわたしの問いの射程にはありません」とか「それはあなたの問いであってわたしの論文の問いではありません」という切り返し方は、表現を変えれば、会社での不毛な会議でのやりとりにも応用できそうだ。
こうやって鍛えられた学生、大学院生はしあわせだ。学生の卒論は4万字が標準(400字詰原稿用紙100枚)。8万字から16万字の修士論文がそのまま新書になる例が増えているという。
2011年に定年退官し、東大名誉教授となった上野さん。その後、立教大学セカンドステージカレッジで、50歳以上を対象にした社会人教養コースでもゼミを担当した。その取り組みを読むと、何歳になっても情報生産者になれることがわかる。
学生時代にこの本に出会っていたら、と一瞬評者は思ったが、日々の仕事に役立ちそうなので、これからは座右の書になりそうだ。
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