早いもので東日本大震災から10年目を迎えた。未曽有の大事故となった福島原発では、今も延々と廃炉作業が続いている。本書『ふくしま原発作業員日誌――イチエフの真実、9年間の記録』(朝日新聞出版)は現場の作業員たちの肉声を丁寧に集めたもの。東京新聞の連載記事「ふくしま作業員日誌」(2011年8月~19年10月)をもとにしている。
著者の片山夏子さんは中日新聞東京本社(「東京新聞」)の記者。大学卒業後、化粧品会社の営業、ニートを経て、埼玉新聞で主に埼玉県警担当。出生前診断の連載「いのち生まれる時に」でファルマシア・アップジョン医学記事賞の特別賞を受賞した。その後、中日新聞に移り、東京社会部遊軍、警視庁を担当。特別報道部では修復腎(病気腎)移植など臓器移植問題も担当してきた。
名古屋社会部時代の11年3月11日、東日本大震災が起きた。翌日から東京に出張を命じられ、東京電力や原子力安全・保安院などを取材。同年8月から東京社会部に異動になり、主に東京電力福島第一原発で働く作業員の取材を担当することになる。
上司から、「福島第一原発でどんな人が働いているのか。作業員の横顔がわかるような取材」をするように言われたのがきっかけだ。取材方法も切り口も思いつかなかったが、作業員に会わないことには何も始まらない。とりあえず、いわき市に向かった。現場から約40キロ離れた同市のホテルや旅館が作業員たちの宿泊場所になっていると聞いていたからだ。
何の伝手もないから、とりあえずそれらしい人を見つけては声をかける。駅前やコンビニ、そのほか街中で。非番の作業員がパチンコ屋にいると聞いて、パチンコ屋にも足を運んだ。なかなか骨の折れる仕事だ。
「取材を受けたことがバレると、仕事を失う可能性があるから」。たいがい、断られた。見知らぬ女性に声を掛けられ、それがマスコミと分かると、返事もしない人もいた。事故から数か月たって、かん口令が強化されていた。
この手の取材は、普通なら、作業員の一人から内部告発があり、その人物とこっそり会って・・・というところだが、とにかくぶっつけ本番。途方に暮れながらも気を取り直し、精力的にアタックを続ける。そのうち、「匿名なら話せる」という人が出てくる。居酒屋の個室など、人目につかないところで接触する。1日に3~4時間、長いときは6時間以上も話を聞き続けた。
頭を痛めたのは、どういう形で記事にするか。何しろ作業内容や状況を細かく書くことができない。記事で匿名にしても、内容から、誰が話したか推測が付いてしまう。結局、一人一人の作業員が語った「日誌」という形で掲載することにした。それが最も彼らの日常や思いを正確に伝えることができそうだと考えたからだ。
実際、連載を始めると、すぐに犯人探しが始まったという。作業員たちが集合した朝礼の時に、「この中に取材を受けたやつがいる」などと脅される。不安になった作業員から電話がかかってくることもあった。
本書は以下の構成。
序章 1号機、3号機、4号機で水素爆発/不眠不休で危機に向き合った作業員たち......他 [1章] 原発作業員になった理由-----2011年 [2章] 作業員の被ばく隠し-----2012年 [3章] 途方もない汚染水-----2013年 [4章] 安全二の次、死傷事故多発-----2014年 [5章] 作業員のがん発症と労災-----2015年 [6章] 東電への支援額、天井しらず-----2016年 [7章] イチエフでトヨタ式コストダウン-----2017年 [8章] 進まぬ作業員の被ばく調査-----2018年 [9章] 終わらない「福島第一原発事故」-----2019年
章ごとに7~8人の作業員の「生の声」が登場する。全部で数十人。それぞれの「声」の背景などを著者が補足する形式だ。年次に沿っているので、この9年間の処理作業をめぐるドキュメントにもなっている。これほどの長期の記録は貴重だ。
「誰かがやらなきゃならないなら俺が...」(47歳・下請け作業員) 「ゼネコンはいいなあ。俺らは原発以外仕事がないから、使い捨て」(35歳・カズマさん) 「自分は"高線量要員"だった」(45歳・下請け作業員) 「作業員が英雄視されたのなんて、事故後のほんの一瞬」(56歳・ヤマさん) 「地元では、東電社員になることは憧れだった」(30代・下請け作業員)
一回しか登場しない人もいれば、一人で10回ほど発言が掲載されている人もいる。そうした人はおそらく「覚悟の語り」と言えるだろう。会社側も把握していると思われるが、もはや制御できないのではないか。
最初のところで、作業員の服装のことが詳しく紹介されている。下着の上に、フードが付いたつなぎの白い防護服を着る。隙間から放射性物質が入らないようにテーピングする。その上から口の両脇に大きなフィルターの付いた全面マスクをかぶる。
全面マスクは、作業が終わると返却する。係がアルコールを含む布などで拭くのだが、中には納豆やニンニク、酒臭いものもある。消臭剤を用意して、スプレーする作業員もいるという。
全面マスクは、慣れないうちはかなり息苦しい。手には綿の手袋、その上にゴム手袋を二重、三重にはめる。作業着や長靴の上には、ビニールの靴カバーを装着、全身が密閉されているから汗だくになる。夏は毎日が熱中症との闘いだ。保冷剤を入れても30分で氷が溶け、ただ重いだけ。放射線量が高い場所では防護服の上に15~17キロのタングステンベストを重ねる。汚染水を扱う場所では、防護服の上にビニールのかっぱを着る。
この重装備の部分を読んでいて、評者は『海軍伏龍特攻隊』(光人社NF文庫)に出ていた「伏龍」特攻隊員のことを思い出した。先の戦争末期につくられた海中特攻隊「伏龍」。その装備とイメージ的に重なるところがある。伏龍の隊員がゴム製の潜水服と二本の酸素ボンベ、鉛の錘など潜水具一式を装着する。68キロにもなり、甲板を歩くのも容易ではなかった。
本書によると、作業中の事故や敷地で倒れるなどしてこの9年間に20人が亡くなった。現在も一日約4000人の作業員が働いている。身内には「ガソリンスタンドで働いている」と偽ってきた人もいる。
一年前に東京の五輪現場に移った作業員の声も掲載されている。原発事故のことをすっかり忘れたかのような東京には、強い違和感がある。「先にやるべきことがあるのに、俺はここで何をしているんだろうと思う」。今も福島のことが気にかかる。東京の現場では、イチエフで一緒に働いていた人もいる。顔を合わせると、福島の話になるという。
著者の片山さんは、原発事故から8年目に大量に出血、喉頭がんの診断を受けた。今も被ばくと闘っている作業員から、「俺より先に・・・」と心配された。長い作業員とは9年の付き合い。自分の病気のことも話せる。いつしか取材者と取材相手の関係ではなく、人と人の付き合いになっていた。幸い今はすっかり元気になったという。
東京新聞の女性記者というと、安倍官邸と対決する望月衣塑子さんが有名だ。BOOKウォッチでは著書の『新聞記者』(角川新書)や、共著の『安倍政治 100のファクトチェック』(集英社新書)を紹介済み。本書は望月さんとは違う形で、粘り強く戦っているもう一人の女性記者の記録でもある。
本書は発売してすぐに重版が決定したという。東京新聞の連載は2020年2月、「むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞」大賞を受賞している。
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