2019年4月から外国人労働者の受け入れを拡大する新制度がスタートした。今後5年間で35万人増やすことを見込む。しかし現場の体制は整っていないと指摘されている。
そうした中で本書『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社)が出た。このところ増え続けるベトナムからの労働者の実態に迫った本だ。著者の巣内尚子さんは1981年生まれのフリージャーナリスト。
本欄では最近、『コンビニ外国人』(新潮新書)や『団地と移民』(株式会社KADOKAWA)など、外国人労働者に関連する本を何冊か紹介している。本書はその中でも問題が多いとされる「ベトナム人」に絞り込んだ労作だ。日本とベトナムを3年余り行き来しながら、139人のベトナム人に聞き取りして本書をまとめている。
法務省の2018年9月発表の統計によると、在留外国人は約263万人。その中でベトナム人は約29万人。中国、韓国に次いで第3位に浮上している。10年前に比べて7.2倍という急膨張ぶりだ。
ベトナム人の特徴は「技能実習生」が多いことだ。日本の「外国人技能実習制度」のもとで来日した外国人労働者だ。全体では28万人強だが、ベトナム人が半数近い13万人強を占めている。国別ではダントツのトップだ。
なぜベトナム人の「技能実習生」が多いのか。大別して二つの理由があるようだ。一つはベトナム政府が奨励していること、もう一つは日本で技術を学んで生かしたいというベトナム人が多いこと。
本書では特に書かれていないが、かつて大手紙の東南アジア特派員だった人に聞いた話によると、ベトナム人は総じて優秀だそうだ。何しろベトナム戦争でアメリカに勝った国である。優秀さは東南アジアの中では群を抜いているという。
ところが、日本でいろいろと問題が起きている。「失踪」などが折に触れメディアで報じられている。本書を読むと、その実態がわかる。多額の渡航前費用を借金して来日したが低賃金、長時間労働、パワハラ、セクハラ、劣悪な住居環境、家賃の過重な天引き、仲介業者のやりたい放題・・・。その実態はかつての日本の「女工哀史」「女郎哀史」を思い出させる。
あるベトナム人女性の場合、ベトナムで仲介業者に120万円ほどを借金で支払った。うち約40万円は保証金。ちゃんと勤め上げると戻ってくる。来日して縫製会社で働いた。午前3時までミシンの前で座る作業。住まいはプレハブ小屋、狭い部屋に二段ベッドが3台。6人の共同生活だ。それでも一人が家賃など3万2千円を差っ引かれ、手取りは8~9万円。タイムカードは管理者が勝手に押していた。日本の労働基準からすると、相当ひどい。
この技能実習生制度の大きな問題は、基本的に最初の就労先を変えられないことにある、と著者は指摘する。就労先とトラブルになって強制帰国させられる羽目になると、ベトナムで仲介会社に払った保証金が返ってこない。だから待遇に不満でも我慢するしかない。取材に応じるベトナム人は極めて少ない。息をひそめじっと我慢している。まさに「前借り」に縛られた「借金漬け」の「女工哀史」「女郎哀史」なのだ。
技能習得を目指して来日したのに、「雑用」しか充てがわれなかった男性の話も出てくる。「技術を教えてくれ」と文句をいうと、「教えても3年でいなくなる。教える労力が無駄」だというのだ。「3年期限」というのも、この制度の大きな問題点となっている。使う側は、簡単な仕事をさせて、本格的な技能は教えない。3年交代で、単純労働者を雇用するという感覚になる。
この男性は、空いた時間に猛勉強して短期で日本語能力最高ランクを獲得、龍谷大学に進んで、「日本におけるベトナム技能実習生の就労状況」を卒論にまとめたそうだ。この人の調査によると、来日前に日本に対し悪印象を持っていた「技能実習生」はほとんどいなかったが、来日後は「あまり良くなかった」が37パーセントに上っている。
たいした産業がないベトナムでは「労働力輸出」が国策になっている。現地では月収2万円ぐらいが平均だというから、日本の水準では薄給でも、日本で働くことに魅力がある。したがって仲介業者が跋扈している。
受け皿として、これに対応しているのが日本側の「監理団体」だ。労働者の送り先の企業から1人につき月に3万円前後の「監理料」を徴収している。たくさん送り込めばそれだけ稼げる。本来は、受け入れた企業が適切に技能実習を行っているかチェックするのが役目だが、実際には企業と結託しているケースも少なくない。ひどい場合は、企業の経営者が監理団体の責任者になっているケースもあるというから、ずさんさに驚く。
本書では建設会社で働くことになったベトナム人男性が、実際には原発除染作業に従事させられていた話も紹介されている。「ベトナムの送り出し機関も、日本の監理団体も、会社も、誰も私の仕事が除染だと教えてくれませんでした」と訴えている。
働き先の企業を、やむにやまれぬ事情で脱出した労働者は、「失踪者」と呼ばれる。技能実習以外の仕事をしていたら「不法就労者」、在留期限が切れてしまうと、強制送還が待っている。
著者の巣内さんは東京学芸大を経て一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。現在はカナダ・ケベック州のラバル大学の博士課程在学中。2015~16年にはベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所の客員研究員も務めている。
この経歴だけ見ると、アカデミズムの研究者のように見えるが、20歳ごろから数年間、ドキュメンタリー映画監督として知られる熊谷ひろ子さんのアシスタントをしていた。三池炭鉱のドキュメンタリー映画作りに関わっていたそうだ。さらに生活費稼ぎのために、料亭の掃除の仕事や、銀座のホステスもしていたという。2006年から7年にかけてはフランスに滞在し、そこで見た「移民」「移住者」の姿に衝撃をうけた。その後はインドネシアとフィリピンの邦字紙で働き、大学院に入ったのは30歳を過ぎてから。保育園に通う子どもを抱え、仕事をしながらだったという。相当タフなひとだ。本書で巣内さんは以下のように述べている。
「技術実習制度はその構造から、技術実習生を結果的に入れ替え可能な、交渉力の弱い労働者にしてしまう。国籍や民族により労働者を選別し、その人たちの諸権利を制限し、結果的には搾取や差別にさらすという状況を常態化させてしまっている。これは日本社会におけるモラルハザード(倫理観の欠如)ではないだろうか」
巣内さんが学んだ一橋の大学院社会学研究科には、フランスにおける「移民二世」などの研究で大佛賞を受賞した森千香子准教授がいる。本欄で紹介した『戦争とトラウマ――不可視化された日本兵の戦争神経症』(吉川弘文館)の中村江里さんも同研究科出身。かつての一橋大は「男子大学」のイメージだったが、最近は女性が3割近くを占めるとかで、活躍が目立っている気がする。
なお本書は、もともとYahoo!ニュースに連載していたものを大幅に加筆し書籍化している。珍しいケースと言える。ネットがそれだけ硬派の出来事に対しても対応でき始めている一例だろう。Yahoo!ニュースで時々見かける「内部告発者」シリーズも力作なので、単行本化を期待したい。
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