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「皇軍には戦争神経症がいない」...大ウソでした

  • 書名 戦争とトラウマ
  • サブタイトル不可視化された日本兵の戦争神経症
  • 監修・編集・著者名中村 江里 著
  • 出版社名吉川弘文館
  • 出版年月日2018年1月 1日
  • 定価本体4600円+税
  • 判型・ページ数A5判・320ページ
  • ISBN9784642038690

 自衛隊の海外派遣では、かなりの自殺者が出た、心の病を抱えている隊員も少なくない、ということはすでに報じられている。PKOでも隊員にそれだけの衝撃があるわけだから、本物の戦争なら、もっと大変だろう...。

 本書『戦争とトラウマ――不可視化された日本兵の戦争神経症』(吉川弘文館)はアジア・太平洋戦争に参戦した日本軍兵士が、精神的にどのような傷を負ったか、詳細に調べたものだ。これまでもいくつかの研究はあったようだが、こうしたタイトルで、正面から取り組み、本格的にまとめ上げたという点では画期的ではないか。

1万人以上が入院していた

 非常に大部な労作だ。なにしろ、300ページ余りの本に「注」が500以上も付いている。広範に先行・関連研究を渉猟し、各方面に目配りした証だろう。著者の中村江里さんは1982年生まれ。一橋大学大学院を経て、同大で特任講師をしている。一橋大には『日本軍兵士――アジア・太平洋戦争の現実』などの著書があり、戦争研究で知られる吉田裕さんがいるが、そのゼミ出身だという。本書は博士論文を改稿したものだ。

 全体は、「総力戦と精神疾患をめぐる問題系」「戦争とトラウマを取り巻く文化・社会的構造」に分かれ、さらに「戦争の拡大と軍事精神医学」「一般陸軍病院における精神疾患の治療」などに小分けされて論じられている。

 ざっと目を通すだけでも、なかなか興味深いデータやエピソードが目に付く。戦争で精神を病む人は、世界各国で多発し、「戦争神経症」と呼ばれていた。日本では、精神面で異常をきたしたとみられると、主に千葉県の国府台にあった陸軍病院に収容され治療を受けたそうだ。50人以上の精神科医が配置されていた。

 しかし「皇軍」はその存在を隠した。日中戦争が進行していた1938年当時、陸軍省の医事課長は貴族院で、「欧米の軍隊に多い戦争神経症が一名も発症しないのが皇軍の誇り」と語っていたそうだ。

 ところが戦後まもなく明らかになった資料によると、1937年12月から1945年11月までに国府台陸軍病院に入院した精神神経疾患の患者は1万450人もいたという。ずいぶん多くの人たちの存在を隠そうとしたものだ。

「50年は口を閉じておいた方が良い」

 こうした患者が戦後どうなったか。1965年になって、同病院の後継病院に勤務していた医師による追跡調査が行われている。過去の入院歴を知られたくない人が多かったため難航した。100人余りの回答者の中で、「神経症が治っているとは考えていない」が25%、「治癒したが職もなく未婚」が18%と、厳しい現実が浮かび上がっている。

 この調査を担当した医師は、陸軍病院当時の元病院長から「この種の研究は公表すると差し障りがあるので、50年は口を閉じておいた方が良い」といわれたという。そんなこともあり、この医師は長年、取材などを断っていたが、今回、中村さんの調査には応じている。

 戦後になって復員した兵士たちの中には、国府台以外の病院で治療を受けた人も少なくない。中村さんは神奈川県内の病院などの入院記録を掘り起こしている。それによると、戦時中だけでなく、戦後に発症したという人が多いことに驚く。いわゆるフラッシュバックということか。

 戦争で心に重荷を背負うのは兵士だけではない。外地からの引揚者など一般人の例なども報告されている。姉妹で満州の開拓団に行っていたが、妹がロシア人にレイプ、殺害されたという女性の話などは胸が痛む。自分の娘が、成長するにつれ妹に容姿が似てきた。しかもその娘が統合失調症になり、具合が悪くなると「助けて―」と叫ぶ。その声が妹にそっくりなのだという。

座敷牢に閉じ込められた元「護郷隊員」

 そういえば公開中のドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」でも、住民の一人が戦後、精神的におかしくなったと語っていた。凄惨な地上戦に突入した沖縄では戦争末期、本土から派遣された中野学校出身者によって少年ゲリラ部隊「護郷隊」が組織された。約1000人の地元の子どもたちが隊員になった。

 映画では、そのうちの一人が、戦後の一時期、精神に変調をきたし座敷牢のようなところに閉じ込められていたことを明かしていた。時々、発作を起こし暴れたからだ。家の中で、急に匍匐前進を始めることもあったという。10代半ばで武器を持ち、至近距離で米兵と交戦、162人の仲間を失ったことが、心に深い傷を残したに違いない。

 平時は犯罪の殺人が、戦場では正当化される。それが仕事になる。召集されて急に兵士になった場合など、すぐには適応できないだろう。戦場から戻った時、後遺症が出たりすることは容易に想像がつく。帰還兵の間では「戦争ボケ」と言われていたそうだ。本書では中国戦線で上官の命令で市民を殺し、80歳過ぎてからも幻聴に苦しむ人の話なども報告されている。

 国府台の病院には「硫黄会」というのもあったそうだ。おそらく硫黄島で生き残った関係者の集まりなのだろう。1972年 2月、グアム島から帰還した横井庄一さんも、74年 3月、ルバング島から帰還した小野田寛郎さんも帰国後すぐにこの病院に入院している。

「男社会」を女性の目で見直す

 では、職業軍人なら常に平常心でいられるのか。「敵機は高射砲で撃墜するのではない。精神で墜とすのだ」という趣旨の訓示していた東條英機首相。終戦間際に、「もうあと二千万、日本の男子の半分を特攻に出す覚悟で戦えば、日本は必ず勝てます!」と絶叫していた軍の最高幹部(映画「日本のいちばん長い日」、岡本喜八監督)。

 「伏龍」という誰が考えても無謀な水中特攻があった。この作戦に関わった人物は戦後、「海軍上層部で抵抗するものは一人もいなかった。当時の心理状態を思うとき、不思議でならない」と明かしている。戦争を主導した側も、今の精神医学で診断すればちょっとおかしくなっていた人が少なくなかったのではないだろうか。

 戦争史というと、なんとなく男性のテリトリーと思われがちだが、最近では、『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』のロングセラーで知られる東大の加藤陽子さんをはじめ、上述の「沖縄スパイ戦史」も、二人の女性監督による作品だ。本書ではTBSの敏腕ディレクターだった吉永春子さんの戦争についてのドキュメンタリー作品についても言及している。「男社会」の軍隊で起きたことを、女性の目で見直すと、いろいろ発見もあることだろう。まだ若い著者の中村さんには今後、さらなる研究を期待したい。

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