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栄光学園の中高生は、やはりレベルが違う

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

 2009年に単行本として朝日出版社から刊行され、大いに注目を集めた。10年には小林秀雄賞を受賞。16年には新潮文庫に入り、ロングセラーとなっている。

 とにかくタイトルがうまい。「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」――戦後「一億総ざんげ」をすることになった日本国民は、なぜ無謀な戦争に突き進んだのか。「いろいろ事情があったけれど・・・」という感じを強くにじませて読者をひきつける。

戦争は長年準備されていた

 さて、どんな事情があったのか。そう思って本書をめくると、意外にも余り印象に残らない。むしろ戦争を必然として、長年準備していた姿が浮かび上がる。著者の東京大学大学院教授・加藤陽子さんは19世紀後半からの、日本の版図拡大史を振り返る。

 1895~95年の日清戦争では台湾と澎湖諸島。1904~5年の日露戦争では関東州(旅順・大連の租借地)と長春-旅順間の鉄道、さらにその他の付属の炭坑や沿線の土地。10年には韓国を併合。14~18年の第一次世界大戦では、山東半島の旧ドイツ権益と、赤道以北の旧ドイツ領南洋諸島をゲットした。

 なぜ山東半島が必要だったか。すでに朝鮮半島の仁川経由で陸路、北京に近づくルートは持っていた。加えて山東半島を手中に納めれば、日本から中国への海路も使える。北京周辺で有事が起きたら、すぐ駆けつけることができる。とりわけ、ドイツが敷設していた山東半島の青島から北京南方の済南までの鉄道は魅力だった。当時の陸軍軍務局長はこの鉄道を「軍事上、経済上、植民地上、唯一の価値ある重要物件」と見ていたそうだ。

 南洋諸島はどうか。パラオからサイパン、トラック、マーシャル諸島まで含める広大なエリア。すでに一部ではドイツが海軍基地を築いていた。「日本がアメリカと戦争しようとするときには、太平洋の真ん中の島は、海軍の根拠地として必要になります」と加藤さんは説明する。

 こうした一連の日本の植民地統治はきわめて「戦略的な思考」に導かれていたと後世の米国の学者は分析している。「日本の植民地はすべて、その獲得が日本の戦略的利益に合致するという最高レベルでの慎重な決定に基づいて領有された」と。

満州の「特殊権益」がぐらつく

 先の戦争は「15年戦争」とも呼ばれ、31年の満州事変あたりから書き始められることが多い。加藤さんはもっとさかのぼり、日清、日露、第一次世界大戦から説き起こすことにこだわる。疎明資料の一つとして、日本の中長期的な戦略をまとめた「帝国国防方針」をひもとく。軍が主導して作成し、総理大臣でさえ全容を見ることができなかったという当時の超機密文書だ。

 最初に作成されたのは07年。想定敵国のトップはロシアだった。18年に改訂されたときはロシア、アメリカ、中国の3か国が同列で並ぶ。それが23年になると、陸海軍ともにアメリカが想定敵国の第一としている。これらの国々と戦う可能性について、ずいぶん早い時期からシミュレーションされていたことがわかる。

 当時の極東情勢はどうだったか。日本は05年の日清条約の秘密議定書、07年のロシアとの第一回日露協約秘密条項などで、満州についてのいくつかの「特殊権益」を獲得していた。「満鉄」ができたのは06年だから、この時期のことだ。半官半民の国策会社として、単なる鉄道管理だけでなく、鉱業、電気業、倉庫業、土地や家屋の経営など満州で多彩な業務を担っていた。

 ところが、11年の辛亥革命で中国では清が倒れ、17年のロシア革命ではボルシェビキが権力を握る。レーニンやトロッキーは、帝政ロシアが各国と交わしていた領土に関する秘密条約を次々と暴露した。こうした中国やロシアの政変の影響は日本にも及ぶ。「特殊権益」がぐらつき、国際的にも疑問視され始める。

 当然ながら国内では、(日露戦争で)20万の死傷者を出して獲得した満州の権益を守れという声が高まる。「満蒙は我が国の生命線」(松岡洋右の国会演説)。そうした思いが具体化したのが31年の満州事変や32年の満州国建国ということだろう。その延長戦上に、37年からの日中戦争がある。その後の日米開戦への経緯は、多くの類書でも容易に参照できる。

戦前の日本の憲法原理は?

 本書は加藤さんが、全国有数の進学校、神奈川県の私立栄光学園の中高生に5日間の特別講義した内容をもとにしている。講義の途中で時折、加藤さんが生徒に質問するが、直ちに答えが返ってくる。受講者は中学1年から高校2年生だというから驚く。

加藤:戦前の日本の憲法原理ってなんでしょう。
生徒:天皇は神の子孫であり、その権力は絶対的であること。
加藤:二文字か三文字でいうと。
生徒:国体。

 講義の後、彼らはこんな感想を漏らしている。

 「歴史をこんなふうに考えたことがなかった。いつもとは違う頭の使い方をした感じがしてクタクタになったけれど、かなり有意義だったと思います」

 思い出すのが、今年(2017年)夏ごろ話題になった教科書騒動だ。慰安婦問題に言及する歴史教科書を採択した中学に、採択中止を求める抗議のはがきが大量に送られていたことがわかり、マスコミで取り上げられた。

 そのとき、ちょっと気になったのが、採択した中学校の名前だった。兵庫県の私立灘中学や東京の有名私立中、国立大の付属中の名が挙がっていた。いずれも超難関校だ。

 本書での栄光学園の生徒の質問や回答ぶりを見ると、難関校の子供たちは、暗記だけでなく「考える力」もすごい。将来の日本や世界を背負って立つかもしれない人材は頭のレベルが違うものだと感心した。灘中などの先生方も、子供たちのそうした資質や能力に合うように、デリケートなテーマも含まれた、おそらくは難度の高い教科書を選んでいるのだろうと推測した。

  • 書名 それでも、日本人は「戦争」を選んだ
  • 監修・編集・著者名加藤陽子 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2017年6月26日
  • 定価本体750円+税
  • 判型・ページ数文庫・497ページ
  • ISBN9784101204963
 

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