名古屋中心部のシンボルとして親しまれてきた名古屋テレビ塔。電波塔としての役割は終えたが、リニューアル工事を終え、今年(2020年)7月に生まれ変わる。本書『名古屋テレビ塔クロニクル』(人間社)は、昨年65周年を迎えた歴史を豊富な写真や証言で振り返った愛蔵本である。
高さ180メートル、名古屋テレビ塔が開業したのは、1954年(昭和29年)。東京タワーの4年前である。名古屋の戦後復興のシンボルとして、100メートル道路の一つ、久屋大通の中央に建てられた。道路の中央なので、建築物ではなく、電柱と同じ「工作物」として造られたというのが面白い。設計したのは東京タワーも手掛けた建築家の内藤多仲。本書には幻だった内藤の手描き図面の一部も収められている。
430枚もの写真のほか、名古屋にゆかりのある人たちのインタビューを多数紹介している。
スタジオジブリプロデューサーの鈴木敏夫さんは「僕にとってのテレビ塔、名古屋」と題し、名古屋の古いものの一つである、テレビ塔を大事にすべきだ、と語っている。
実際、地上波放送が終了したとき、電波塔の役目を終えたテレビ塔を取り壊すとか新たな観光名所を作るという案はあったようだが、耐震工事を施した上で、リニューアルされることになった。
俳優の竹下景子さんの母の実家はテレビ塔の足元だという。高校2年のときに中学3年生の役でNHKの「中学生群像」(「中学生日記」の前身)に出演した。テレビ塔近くのNHK名古屋放送局のスタジオでの収録だった。
「とにかく、なにか発信するとき、テレビ塔があると全国の人がすぐ『名古屋だ』ってわかるのがいいですね。そこにあってあたりまえ、でも、ないとやっぱり寂しい......」 「故郷の、ひとつのアイコン。それを見ると『ああ、帰ってきたな』という思いは変わらずにあります」
写真家の浅井慎平さんは、テレビ塔の背後にあるテレビジョンの文明に言及している。
「名古屋テレビ塔は人間とアナログの終着の場所とも言えるのではないか。集約電波塔としての役目を終え、岐路に立つ名古屋テレビ塔だけど、その産みの苦しみと発展や成熟の過程を知る者として、テレビジョン文明のシンボルの、その行く末を見届けたいと思います」
また、映画監督の堤幸彦さんは、中学・高校とやたらテレビ塔に上がり、「思い出のつまったタイムトンネル」だと言い、名古屋にとってはこれからもかなり面白いモニュメントになるはずで、ランドマーク、観光鉄塔として利用方法は無限にある、としている。
「街歩きが好きで『地理おやじ』の私にとっては、名古屋の街は歩き甲斐のある場所です。街の中に、さまざまな歴史と秘密がある。中でも広小路や久屋大通など『通り』は名古屋の街づくりの原点。そうした通りを見渡すことができる歴史的建造物が名古屋テレビ塔ですね」
2枚の写真が目をひいた。まだ建築途中の足元には、木造のバラックや住宅が密集している。まだ「戦後」まもない時期に工事が行われたのだ。そして、一般公開が始まった1954年6月20日、鉄塔のほかには何もない広大な空き地に長蛇の列が出来ている。翌年4月には展望客は100万人を超えた。
テレビ塔に上った芸能人、文化人の写真や撮影された映画のシーンも数多く収められている。いま我々が想像する以上に、テレビ塔は大きな意味を持っていたのだろう。
今年7月にテレビ塔はリニューアルオープンする。目玉は4、5階に新設されるホテル。9月開業の予定だ。
名古屋に延べ12年住んだ評者だが、テレビ塔には一度も上がったことはなく、いつも見上げるばかりだった。同じ塔と言っても、大阪における通天閣や東京における東京タワーとは異なる心情が、名古屋の人々にあることを本書によって知った。
ちなみに名古屋テレビ塔は開業以来、銀色の塗装に輝いている。赤白への塗り替えを当局から何度か指導されたが、昭和35年に改正された航空法の制定前に完成したことや最上部に航空障害灯を設置したことなどで、銀色を保っているそうだ。
現代歌人協会賞を受賞した名古屋在住の歌人、野口あや子さんが「TOWER」と題し、短歌を寄せている。その中からいくつか。
「あせばんだ鉄筋あがり 空あがり おとこのひとのようだタワーは 百円の落ちる音がして 君の手に望遠鏡のにおい残れり 灰色の理性 銀色の欲情 きみの奥にあるタワーを見せて」
名古屋テレビ塔にかんしては、『名古屋テレビ塔50年のあゆみ』『名古屋テレビ塔あれこれ』『ぼくらの名古屋テレビ塔』『テレビ塔に魅せられ』『タワー 内藤多仲と三塔物語』など、類書も多いようだ。
歴史、記録写真、文化、芸能などの要素も盛り込み、さらに巻末には組み立て模型も付録に付いている本書は、決定版と言える内容だ。
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