読むべき本、見逃していない?

最高裁も気づかなかった裁判員裁判の本当の狙い

裁判官も人である

 裁判官ほどベールに覆われた職業はないだろう。テレビニュースで裁判の冒頭、一瞬だけ映される映像を見るくらいで、生の声や姿に接する機会はほとんどない。本書『裁判官も人である』(講談社)は、のべ100人を超える現職裁判官や元裁判官への取材を通して、裁判官の素顔と裁判所の内幕に迫った労作である。

裁判所の人事とカネ

 著者の岩瀬達哉さんは、ジャーナリスト。『年金大崩壊』、『われ万死に値す ドキュメント竹下登』などの著書がある。本書は「週刊現代」で「裁判官よ、あなたに人が裁けるか」のタイトルで、2017年から2018年にかけて二部構成で連載されたものに加筆修正した。

 個々の裁判を題材にした本はいろいろあるが、本書は人事とカネという人間くさい切り口から、裁判官と裁判所の組織に肉迫しているのが異色だ。

 「第1章 視えない統制」「第2章 原発をめぐる攻防」「第3章 萎縮する若手たち」「第4章 人事評価という支配」「第5章 権力の中枢・最高裁事務総局」「第6章『平賀書簡問題』の衝撃」「第7章 ブルーパージが裁判所を変えた」「第8章 死刑を宣告した人々」「第9章 冤罪と裁判官」「第10章 裁判所に人生を奪われた人々」「第11章 ねじ曲げられた裁判員制度」「第12章 政府と司法の暗闘」の12章の構成。裁判をめぐる論点をほぼ網羅しており、読みごたえがある。

ブリーフ姿の裁判官の意図

 冒頭に登場するのが、筋骨隆々の白ブリーフ姿の自撮り写真をツイッターのカバーページに掲げ話題になった東京高等裁判所の岡口基一裁判官だ。ツイートに対して懲戒処分を受けた岡口判事は、裁判所にはブログをやるなという基本方針があるという。

 「どんな人が、どんなことをしているか知られたくないからでしょう。秘密のベールに包んでおけば権威は高まりますから」

 「判例秘書」という判例検索ソフトで、過去の似たような事件の判決を探しだしては、コピペする裁判官も多いと指摘する。裁判官はとにかく忙しいようだ。全国の裁判官は実質2910人。1人あたりに割り振られる事件数は、年間200~350件。2日に1件ないし2件の割合で処理しないと消化できない。処理件数は「星取表」と呼ばれ、人事評価に反映すると岩瀬さんは書いている。

増える「ヒラメ裁判官」

 もともと難しい司法試験に合格し、司法研修所の卒業試験でも上位の成績優秀者しか採用されないエリートの裁判官だが、司法制度改革で司法試験の合格者が急増、弁護士の数も2倍以上に増えたため、裁判官を辞めてもなかなか弁護士に転身できなくなっている。だから上に睨まれずに大過なくやっていこうという「ヒラメ裁判官」が増える、と岡口判事。

 本書には「裁判官の出世とカネの関係」の一覧表が載っている。年収約600万円の判事補からスタート、東京地裁の部総括の「判事3号俸」が約2000万円。この「判事3号俸」が壁となり、手前の「判事4号俸」(約1700万円)で定年を迎える裁判官も少なくないという。ちなみに最高裁長官は4031万円。

最高裁事務総局が握る権限

 「裁判官の『出世ピラミッド』」のチャートも面白い。左側の底辺に全国の地裁、家裁の判事補、判事、その上に裁判長、所長、高裁の裁判長、最高裁の判事、長官という裁判部門2855人のピラミッドがあり、右側に最高裁事務総局という司法行政部門の138人がいる。数は少ないが強大な権限を持ち、優秀な人材を集めているとされる。両方を行き来して出世する人は限られている。

 「ミスター司法行政」と言われた第11代最高裁長官の矢口洪一は、最高裁事務総局には大蔵省(当時)や法務省、内閣法制局との折衝が出来るようないい人材を集めていると語っていた。

 これに対してある現職裁判官は、地方の裁判所で種々雑多な裁判にまじめに取り組んでいる裁判官にはチャンスが与えられず、現在まで悪影響を与えている、と話している。

石田長官時代の「ブルーパージ」

 本書を読むと、最高裁長官が政府寄りの姿勢を強めたのは、第5代の石田和外長官時代からだったことが分かる。北海道長沼町の住民が起こした「長沼ナイキ基地訴訟」で、札幌地裁の福島重雄裁判長は、国の主張を全面的に退ける決定を下した。この決定の直前、札幌地裁の平賀健太所長が福島裁判長に、住民側の訴えを退け、国側の主張を認めるように求める書簡を届け、外部に流出する「平賀書簡問題」が起きた。

 裁判への干渉にほかならず、札幌地裁の裁判官会議で平賀所長への非難決議がされた。石田長官は書簡流出を問題視し、福島裁判長が所属していた青年法律家協会(青法協)メンバーをパージする。

 その第一のターゲットとされたのが、流出の犯人とされ、青法協の中心メンバーだった熊本地裁の宮本康昭判事補だった。最高裁の臨時裁判官会議は、宮本判事補を不適格とし、再任を拒否された。青法協にひっかけて「ブルーパージ」と呼ばれた。

不思議なめぐり合わせ

 その後、弁護士になった宮本氏は、「第11章 ねじ曲げられた裁判員制度」で再び登場する。宮本氏に再任拒否を言い渡した最高裁事務総局の人事局長でのちに最高裁長官となる矢口洪一。「かつて激しく対立した二人は、運命の不思議なめぐり合わせによって司法制度改革の陰の立役者となり、共に協力しあうことになった」。

 そして実現したのが、「下級裁判所裁判官指名諮問委員会」だ。10年ごとに地裁や高裁の裁判官を対象に再任か再任拒否かを決めるブラックボックスだった審査が透明化された。

 もう一つの成果が裁判員裁判。その元になる陪審制は矢口が長官時代に構想したものだという。ところが、一般国民が司法に参加する高い理想を掲げた裁判員裁判には、隠された意図があったというのだ。

 「死刑判決が再審で無罪になった事件が四件もあり、職業裁判官は何をやっているんだという話になりましたね。これが陪審裁判だと、国民が判断したことになるので、仮に再審で無罪になっても、批判の矛先が裁判官ではなく陪審員になる、裁判官は批判をかわすことができる、という政治感覚です」(元最高裁判事の泉徳治『一歩前へ出る司法』より)

 日弁連の中坊公平会長の下、司法改革推進本部の事務局長になった宮本氏と矢口元長官は、いわば「同床異夢」の関係だった。反対していた最高裁は最終的に裁判員制度の導入に同意した。

 岩瀬さんは、裁判員裁判では判決が厳しくなる傾向があるとし、死刑判決がその後、高裁、最高裁と無期になった3例を紹介している。「法廷の感情化という弊害」をもたらしたというのだ。

 評者は青法協の解散後、「如月会」という任意団体に名前を変えた裁判官の勉強会に、講師として呼ばれたことがある。ある特異な事件の背景について話し、その後懇談した。それまで裁判の取材で裁判官を見ることはあったが、間近で話し、酒を酌み交わすのは初めてだった。

 元青法協のメンバーたちは、出世とは縁遠いと感じたが、社会問題への関心は高く、人間味があった。「裁判官も人なんだ」と知った。

  • 書名 裁判官も人である
  • サブタイトル良心と組織の狭間で
  • 監修・編集・著者名岩瀬達哉 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2020年1月29日
  • 定価本体1700円+税
  • 判型・ページ数四六判・326ページ
  • ISBN9784065187913

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