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後藤田正晴氏の「遺訓」と「危機感」とは?

憲法九条は世界遺産

 安倍政権は依然として憲法改正に力を入れている。ところが反対する人が自民党内にも少しいる。その代表格が、自民党の幹事長を務めた古賀誠さんだ。2002年から12年まで日本遺族会の会長も務めた。すでに政界は引退したが、折に触れ「平和憲法は守るべし」というような発言をしている。

 遺族会の会長だったと言えば、何となく「大東亜戦争肯定論者」のように思われがち。それがどうして『憲法九条は世界遺産』(かもがわ出版)などという本を出しているのか。実際に読んでみて、理由があることが分かった。

「再び戦争をくり返してはならない」

 まず、古賀さんの生い立ち。1940(昭和16)年、福岡県の田舎で生まれた。父親はほどなく出征、帰らぬ人となった。「お父さん」と呼んだことのない人生。母親は古賀さんと姉を育てるために近隣の町村を回って行商をしていた。母親の寝ている姿を見たことがなかったという。近所にも同じような戦争未亡人がたくさんいた。古賀さんが政治家を志した理由は、「再び戦争をくり返してはならない」という思いからだ。きれいごとのようだが、これが率直な気持ちだったと振り返っている。

 日大商学部時代は、自民党参議院議員の書生になった。4年間、靴磨きから庭掃除まで何でもやり、代わりに学費を出してもらう。秘書を経て、国政を目指した。地盤もカンバンもないから最初の選挙では泡沫に近い扱い。ところがふたを開けると、わずか4500票差の次点だった。

 支えてくれたのは、母親と同じ戦争未亡人や、戦争で家族を失った人たちだった。二度目の選挙で当選。国政に出させてもらった恩返しは、戦争未亡人を再び生み出さない国を作り上げることだと誓う。「私の一番大事な仕事は、わが国が永久に平和であるために努力すること」。それこそが「私の責務」「原点」だと言い切る。

 ちなみに母親は、古賀さんが当選してからもしばらく行商を続けていた。足腰が弱った後は自宅で小さな乾物店を開いて82歳で亡くなるまで店番をしていたという。

 こうした人生行路の基軸を知ると、確かに「平和憲法」への思いが、並々ならぬものであると実感できる。

これこそ世界遺産

 では古賀さんは憲法九条についてどう考えているのか。

 「あの大東亜戦争に対する国民の反省と平和への決意を込めて、憲法九条はつくられています・・・日本の国は戦争を放棄する、再び戦争を行わないと、世界の国々へ平和を発信しているのです。これこそ世界遺産だと私は言っているのです」

 憲法九条には、多数の戦死者、遺族の血と汗と涙が込められている、そう簡単に、この憲法九条を改正する議論をやってもらっては困るし、やるべきではない、と思っている。さらに平和憲法は、国際的には、あの戦争で世界の国々に多大な損害を与えた日本が、そのことに対するお詫びをしているという意味あいをも持っているとも考えている。

 「日本がアジアの国々に与えた損害というのは、今でも影響が残っています。中国にとってみれば、南京事件というのは現実のこととして残っている・・・韓国についても残っている問題がたくさんあります」
 「それらに対して『お詫びを申し上げる』というと、「そんなこと必要ないよ』という国会議員もたくさんいらっしゃいます・・・けれども、そういう過去の過ちへの反省は、あの平和憲法の中にも含まれていて、だからこそ九条を維持し続けるというぐらいの誠実さと謙虚さが、この日本の国には必要なのです。そうやって初めて、中国とも韓国とも本当の意味での信頼関係ができると私は思います」

 つまり平和憲法は、国内向けにも海外向けにも、極めて意義のあるメッセージ性を持っているというのだ。

一番腹立たしいこと

 古賀さんの世代では、九条を守りましょうという理想を持つのに、自民党の中でも特別な努力は要らなかったという。古賀さんが属し、現在も名誉会長を務める宏池会という政策集団は、そもそも「九条を守ろうという志」を持っていた。「宮沢喜一さんも護憲論者、大平正芳さんも護憲論者、田中六助さんも護憲論者」。派閥は違ったが、「後藤田正晴さんも全く同じ立場でいてくれました」。だから、自民党の中で戦争を知っている世代、戦争を経験して戦後を生きてきた人たちが政権の中枢にあるときは、憲法問題についての議論は主たる政治課題にはなっていなかった。

 「しかし、そういう人たちがいなくなったときに、平和憲法を変えるという大きな議論が起きてくるのが心配だったのが、先輩たちの遺訓です。後藤田正晴さんに代表される、ある意味では野中広務先生にも代表される遺訓であり、みんなが持っていた危機感です」

 安倍政権は、憲法改正を大きな政治課題に掲げ、着々と布石を打ってきた。古賀さんは語る。

 「一番腹立たしいといいますか、憲法にも違反するのではないかと思われるのは、集団的自衛権の解釈変更の問題です。・・・日本は専守防衛でやっていくのだというのが、戦後の内閣がずっと維持し、国民も支持してきたことなのに、閣議だけでこの見直しを決めてしまった。本末転倒というか、国民の皆様に対して、取り返しのつかない禍根を残した決め方だったと私は思っています」

「理想を実現するために政治はある」

 自民党内でこうした持論を話すと、若手の国会議員らからすぐに反論される。「古賀さんの言うのは非現実的」「それで日本の安全平和は大丈夫なのか」「隣の国を見てください。北朝鮮が毎日のように、ミサイルや核兵器の実験をしているじゃないですか」「憲法九条を守るだけで日本の平和が国民に約束できるのでしょうか」。

 古賀さんの答えは、「理想を実現するために政治はある」。自民党の国会議員にそう訴えるのだが、残念ながら支持者は少ない。「まだ数人」。

 ほとんど一匹狼のような超少数派だが、存在感はある。一つには「幹事長」という党の要職を占めた経歴によるものだが、「日本遺族会」の会長を務めていたことも大きい。自民党の有力な支持母体の一つ、とされる団体だ。何よりも古賀さん自身、父親をフィリピンのレイテ島で失っている。

 子どもころから、記憶には存在しなかった父親。戦地を訪ねたこともなかった。遺族会の会長になった翌年の2003年、野中広務氏に一喝された。「日本遺族会の会長が自分の父親の死んだ戦地にも行かずに、遺族の気持ちがわかるのか。英霊の魂を君はどうやって理解するのか」。

 そこで、野中氏に付き添われ、レイテ島のジャングルに向かう。簡単な祭壇をつくり、父親の故郷の地酒や米をそなえ、死んだ母親の遺影を飾ったとたんにスコールになった。野中氏が慰めてくれた。

 「息子がやっと迎えに来てくれた。親父がこんなに喜んでくれているじゃないか。涙雨だ。さあ親父の魂を持って帰ろう」

「社頭参拝」にとどめている

 憲法問題と同時に、古賀さんが大きなテーマにしてきたのが靖国神社の問題だ。本書では「靖国神社のA級戦犯は分祀を」という見出しで一章割いている。

 古賀さんはある時、故郷から母親を呼び寄せ、手を引いて靖国神社に行った。せっかく母親が来たのだからと、正式に社殿の中に上がり、祝詞をあげる「昇殿参拝」を準備した。ところが、母親は「ここは赤紙を出した東条さんも一緒やろ」と言って上がらなかった。社殿の前の「社頭参拝」で済ませた。古賀さんは「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の会長をしていたこともあるが、それ以来、「社頭参拝」にとどめているという。母親の気持ちが痛いほどわかったからだ。

 古賀さんはA級戦犯の分祀を強く求め続けてきた。昭和天皇は合祀が判明して以来、靖国に足を向けていない。いまの上皇も同じだ。古賀さんは言う。

 「A級戦犯は犯罪者ではないという日本の国内世論が、世界で通るわけがない。中国や韓国から言われたということではありません。A級戦犯を靖国に祀ったことにより、サンフランシスコ講和条約が反故にされてしまっていると私は思います」
 「サンフランシスコ講和条約は東京裁判の結果を受け入れて結んだのであって、その結果日本は国際社会の仲間入りができました」
 「日本の国は間違いを犯したのです。だから間違いを犯したA級戦犯を靖国に祀ることにより、日中や日韓の関係がおかしくなるというのは当たり前のことなのです」
 「戦後我々日本人は自らこの戦争を総括することを放棄してしまった。誰かが責任を取らねばならぬことは当然でしょう。それは誰かと言えば衆目の一致するところA級戦犯でしょう」

 古賀さんは、「どこにでも出て、私は自分の考えを伝えることが使命であります」と胸を張る。「たとえ一人であっても、私が歩いてきた道と、それが生み出した『憲法九条は世界遺産』という主張に共鳴していただければ、それに優る幸せはありません」と語っている。

 本書は2018年に神戸市で行われた後援会の話をまとめたもの。活字も大きく短時間で読むことができる。この種の本にしては珍しく増刷を重ねている。

  • 書名 憲法九条は世界遺産
  • 監修・編集・著者名古賀誠 著
  • 出版社名かもがわ出版
  • 出版年月日2019年9月14日
  • 定価本体1000円+税
  • 判型・ページ数四六判・96ページ
  • ISBN9784780310450

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