読むべき本、見逃していない?

毎日新聞は「改元の黒衣」を7年前に突きとめていた

  • 書名 令和 改元の舞台裏
  • 監修・編集・著者名毎日新聞「代替わり」取材班 著
  • 出版社名毎日新聞出版
  • 出版年月日2019年6月 8日
  • 定価本体1000円+税
  • 判型・ページ数四六判・208ページ
  • ISBN9784620325910

 本書『令和 改元の舞台裏』(毎日新聞出版)は毎日新聞「代替わり」取材班によるもの。BOOKウォッチではすでに読売新聞政治部の『令和誕生―― 退位・改元の黒衣たち』(新潮社)、朝日新聞取材班の『秘録 退位改元――官邸VS.宮内庁の攻防1000日』(朝日新聞出版)を取り上げている。毎日も紹介しておこうと思って読んでみた。

政治部長から特命の指示

 本書の特徴は三つほどある。一つは2019年6月に早くも発行されていること。読売や朝日が10月発行なので、かなり先んじている。4月1日に「令和」が公表されて間もない時期だ。追加取材もままならない中で、素早くまとめている。大したものだと思う。

 二つ目は、取材開始が早いこと。主として担当した政治部の野口武則記者が巻末の「エピローグ」で、「私の新元号取材は2011年11月から始まった」と明かしている。当時の政治部長から特命で指示された。これは読売や朝日の記者たちよりも相当早いと思われる。朝日は上掲書で、17年春から元号取材を始めたと書いている。

 野口記者は12年1月から本格的な取材に取りかかった。そして早くも同2月には「尼子さん」という内閣官房の職員が、元号案に関わりそうな学者の間を回っているという重要な話をつかんだ。「尼子昭彦 内閣官房副長官補室付 独立行政法人国立公文書館 統括公文書専門官室主任公文書研究官 内閣事務官」と名刺に記されていることも知った。その名を手掛かりに国会図書館の「著作検索」でチェックし、公文書館の機関紙「北の丸」に、所蔵する漢籍の目録についての記事を書いている人物だとわかる。公文書館員であると同時に内閣事務官という二つの顔。このとき、尼子氏の「公文書研究官」という肩書は「元号研究官」のことだと確信したという。カンの鋭い記者だ。

 読売や朝日にも、政府側で長年、極秘で元号作業をしていた尼子氏のことは出ているが、毎日はその尼子氏の存在を嗅ぎ付けた時期が圧倒的に早い。

すでに亡くなっていた

 こうして尼子氏の存在を知ったことが、その後の学者取材で大いにプラスになる。元号案作成に関することをストレートに聞いても答えない学者たちが、尼子氏の名前を切り出すと、態度が変わる。「良く調べていますね。ますます言えない」という学者もおれば、「尼子さんの名前がでてくるなんて、ちゃんとやっていますね」と経緯を話し始める学者もいる。中には依頼され、元号案を出したことを認める学者もいた。ただし、尼子氏本人には接触できなかった。すでに13年ごろ、公文書館を退官していた。

 他の職員との交流はほとんどなかった。「真面目で口数が少ない」「同僚と飲みに行くことはなかった」「漢籍だけが生きがいのようだった」。そんな孤高の学者肌の人となりが、同僚の話からかすかに浮かび上がった。

 あとでわかったことだが、尼子氏は1952年生まれ。専修大卒業後に二松学舎大の修士・博士課程で漢籍を学ぶ。1987年に公文書館に採用され、官房副長官補室も併任。2007年10月に公文書館で開かれた特別展「漢籍」では中心的な役割を果たした。体調を崩し定年前に退官したが、内閣官房に再任用され、非常勤の元号担当を続けていたという。

 18年10月になってようやく都内のマンションに住んでいるという情報を得た。訪れたら、住んでいたのは別人だった。管理人によると、尼子氏は1人暮らし。18年5月19日に、「出勤してこない」と役所の後輩が訪ねてきて、亡くなっているのを発見した。警察によると病死だった。

 たった一人で元号選定の裏作業に取り組んでいたものの、結果を見届けることなく逝った尼子氏。その死を聞いて野口記者はしばし言葉を失ったという。

同じサークルに属す

 本書の三つ目の特徴は、関係する学者の師弟関係が明確にわかること。他紙も書いているが、本書は刊行が早いのにもかかわらず、より詳しい。これまでに考案者として名前が挙がってきた学者と、その先輩学者とのつながりがよくわかる。学者取材のスタートが早かったからだろう。

 とりわけ漢籍の関係者は、人数んが少ないこともあり、学者一家とか、研究上の師弟関係とかで密接なつながりがあるらしい。尼子氏もそうした世界の一員だった。過去の考案者の教え子なのだ。考案を頼む側と、頼まれる側のキーパーソンが同じサークルにいる。しかも学者は元号だけでなく「浩宮」「秋篠宮」などの考案にも関わり、皇室とは長年、特別の関係がある。

 本書には野口記者が深く接触した源氏物語の第一人者、秋山虔・東大名誉教授(2015年死去)が校注・訳者を務めた『新編日本古典文学全集22 源氏物語3』(小学館)の一節が紹介されている。「才をもととしてこそ、大和魂の世に用ゐらるる方も強うはべらめ」。その注釈には、「『才』すなわち漢学で得た基本的諸原理を、わが国の実情に合うよう、臨機に応用する知恵才覚を『大和魂』という。この『大和魂』の語は、文献上、『源氏物語』に初出」とある。

 本書では「漢籍を中国のものとみるべきではない。漢文は日本の文化だと思っている」という関係者の言葉も紹介されている。「和書」「漢籍」などと簡単に区別できない日本文化の複雑にして重層的な姿を再認識した気がした。

「当時、沖縄の主権はまだ回復していません」

 余談だが、びっくりするような話も出ていた。「明治」「大正」は他国で「使用済み」の元号だったという。「明治」は中国・雲南の「大理」という国の、「大正」は安南(ベトナム)で使われていたことがあるという。

 「平成」はより慎重に精査され、3案の中から選ばれた。その中に「正化」もあった。考案者は宇野精一・東大名誉教授。憲法改正など保守系の言論活動にも積極的に関わってきた人だ。のちに「文藝春秋」で、「正化」には「戦後の乱れた世を正す時代になって欲しい」という思いを込めたと明かしていたという。

 令和の「令」の字については、「命令」を連想させるという指摘も一部であった。実際、江戸時代末に「令徳」という元号案が出たとき、「徳川に命令する」という意味にも取れることから幕府が撤回させたことがあったという話も紹介されている。

 本書では最後に「沖縄と元号」という一章も加えられている。2019年2月24日、在位30周年の式典で「国民代表の辞」を述べたのは福島県の内堀雅雄知事、陛下作詞・皇后さま作曲の琉歌「歌声の響」を独唱したのは沖縄出身の歌手・三浦大知さんだった。「沖縄・福島の参列を強くご希望されたのは、陛下御自身だった」(政府高官)という。本書は陛下が3.11以降、福島に6回、沖縄には皇太子時代も含めて11回訪問している、と記す。

 2013年4月28日、安倍政権はサンフランシスコ講和条約発効による主権回復記念式典を開いた。政府の事前説明に対し、陛下が「その当時、沖縄の主権はまだ回復していません」と指摘したことも書いている。このように本書は、単に改元の舞台裏を明かすにとどまらない内容となっている。関連でBOOKウォッチでは『記者と国家』(岩波書店)も紹介している。

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