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改元に「読売新聞首脳」はどう関わったか

令和誕生

 平成から令和への改元で様々な本が出ている。本書『令和誕生―― 退位・改元の黒衣たち』(新潮社)は、読売新聞政治部が元号の決定過程に肉薄したドキュメント。きわどい内幕がつづられている。類書は毎日や朝日も出しているが、読売新聞は安倍政権に近いことで知られる。つまり最も詳しい内情が出ているに違いないと思って読んでみた。

官邸は大混乱に

 大別して4つのことが印象に残った。順に紹介したい。最初は「NHKショック」。

 2016年7月13日午後7時のニュースで、NHKは「天皇の位を生前に皇太子さまに譲る生前退位の意向を宮内庁の関係者に示されていることがわかりました」と報じた。官邸は大混乱に陥ったという。というのも、このタイミングでの報道を事前にだれも把握していなかったからだ。

 15年初めごろには官邸に「天皇の意向」について内々に伝わっていたという。しかし「摂政」で対応しようとしていた。そこに突然のNHKニュース。さらに8月には天皇の「お言葉」がビデオメッセージで流れる。官邸は「黒幕は宮内庁」といら立ったが、世論は圧倒的に生前退位を支持する。安倍首相は「重く受け止める」と、本書によれば「態度を豹変」させ「有識者会議」を設けて検討する流れとなる。

 会議のメンバーは6人。御厨貴東大名誉教授が座長代理になり、ヒアリングを行う専門家16人も決まる。その顔ぶれを見て御厨氏は一抹の不安を抱いたという。退位自体に反対する立場の人が予想以上に多かった。

 その1人が渡部昇一上智大名誉教授。安倍首相と極めて昵懇であり、首相の肝いりで専門家メンバーになった人だ。ヒアリングの場で、「今、天皇陛下は皇室典範の違反を犯そうとしていらっしゃる」などと強い表現で退位への反対意見を述べた。そして言い終えると、「たった今、突発性難聴になったので、皆様方の質問は何一つ聞こえなかった」と言い残して席を立った。そのほかにも保守的なメンバーから退位反対論が目立った。

 そんな中、天皇が12月23日の誕生日に合わせて再びメッセージを出すという話が浮上してきた。過去2回の有識者会議のヒアリングで退位そのものに強硬な反対論が出ていたことで、天皇は有識者会議が退位を認めない世論をつくろうとしていると考えていると、御厨氏は受け止めた。「陛下が有識者会議に不満だということが報道されれば、この会議は崩壊して続けられない」と御厨氏は危機感を募らせた。本書によれば「幸い、官邸や宮内庁が天皇を何とか説得し、天皇誕生日にあわせた第二のメッセージは幻に終わった」という。このあたりについて、もう少し知りたい気もするが、薄氷を踏むような内幕である。

 天皇側と保守論客とのスタンスの決定的な違い、安倍首相は心情的には保守論客の側だが、首相として事態のソフトランディングに苦心したであろう様子などが浮かび上がる。

「待ったかいがあった」

 次に印象に残ったのは、「令和」という元号がギリギリになって浮上する顛末だ。元号案の絞り込みは19年2月前後から本格化した。

 3月初めには約70の案が安倍首相のもとに上がっていた。首相は「どれもピンと来ない」と首をひねる。その中では「天翔」が一番気に入ったが、「大正」とインシャルの「T」がダブる、画数が多いなどの問題点があった。「英弘」もそれなりに気に入ったが、人名に多く使われていることがネックになった。

 3月14日を過ぎて最終数案が上がってきた。どうしてもしっくりこない。「ほかにも元号案を出してもらえないか」。事務方が上げてきた元号案に首相が「ダメだし」する異例の事態となった。

 担当の古谷一之官房副長官補が、すでにいくつかの案を提案してもらっていた中西進国際日本文化研究センター名誉教授に、追加案の依頼をしたのは3月23日。中西氏から電話で新たに「令和」を聞き取ったのが25日。その翌朝、安倍首相に報告すると、「これが良いんじゃないか」「待ったかいがあった」と喜んだという。「和」は首相の好きな文字だった。

 「令和」はその場にいた菅義偉官房長官にも縁があった。父は和三郎。姉の名は「令」を含む「玲」の字が使われている。見た瞬間、「令和は俺に来た」と心の中で思ったという。

 新元号の決定まで残り一週間。「政府のツートップに気に入られた『令和』は、土壇場でにわかに『本命』案に躍り出ることになった」と本書は記す。このあたりの流れはすでに知られていることではあるが、ディテールがリアルだ。

「真ん中の白石さんからどうぞ」

 元号を決めるにはいくつもの関門がある。その中でも重要なのが、有識者に意見を聴く「元号に関する懇談会」だ。今回は作家の林真理子さん、ノーベル賞受賞者の山中伸弥さんらを含む9氏に委嘱した。マスコミからは日本新聞協会、NHK、日本民間放送連盟の代表者が入っている。決定当日の4月1日の午前9時32分、首相官邸4階の特別応接室で懇談会が始まった。

 古谷一之官房副長官補が6つの案の典拠や意味について説明する。それが終わると、司会役の杉田和博官房副長官が「真ん中の白石さんからどうぞ」と、日本新聞協会会長の白石興二郎読売新聞グル―プ本社会長を指名した。白石氏は「私は令和がいいと思う。万葉集は天皇から防人に至るまで、当時の日本の人々の感情や気持ちを表した歌を集めたものだし、新しい時代にふさわしいのではないかと思った」と発言した。その後もいろいろ意見が出たが、8人が令和を支持した。

 本書は、懇談会の議事進行は、全くの「出たとこ勝負」というわけではなかったようだ、と記す。口火を切る発言者が議論の流れを左右しかねないからだ。政府関係者の一人は「どうやって白石さんを最初に指そうかと考えた」と証言している。

 ここで興味深いのは「平成」の改元懇談会だ。司会役を務めた官房副長官が「発言がある方はどうぞ」と促すと、やはり日本新聞協会会長の小林与三次読売新聞社社長が間髪を入れず、「平成が一番穏やかで、平明であり、分かりやすい感じがする」と発言した。

 期せずして、平成、令和の改元論議の冒頭で日本新聞協会長、もっと言えば読売新聞の最高幹部が発言し、全体の方向性をリードする役を務めていたことがわかる。

 もちろん白石氏は政府による事前の根回しは「なかった」と否定している。しかし、本書は、「政府関係者は、白石への根回しの有無については詳しく語ろうとはせず、真相は明らかになっていない」としている。白石氏はその後スイス大使に転身しているが、自社の元最高幹部の否定にも関わらず、あえて含みを残しているのは、なかなか立派な姿勢だと感心した。

「女性天皇・女系天皇」は難航

 以上で、令和決定までの話は終わるが、まだ安倍政権には「宿題」が残されている。「女性天皇・女系天皇」問題だ。それが第4に記憶に残ったこと。

 2005年11月、小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は、「皇位継承資格については、女子や女系の皇族に拡大することが適当」と結論付けた。小泉首相はこの方向で皇室典範の改正準備に入った。そのとき安倍首相は官房長官だった。「本当にこの報告書通りの内容で改正するんですか?」とのけぞったという。改正案が国会に提出されれば、「安倍が政府の答弁者として、自らが反対する改正内容について国会の理解を求める立場に追い込まれる」「安倍にとって悪夢のような事態は現実のものになろうとしていた」と本書は続ける。

 そのとき安倍官房長官にとって「天佑」が起きた。秋篠宮紀子さまに第三子の懐妊があきらかになったのだ。改正案の早期提出を主張する小泉首相に、秋篠宮の第三子が男の子だった場合のことを考えるようにと説得、小泉首相は改正案の提出を断念した。

 その後、安倍氏は12年2月号の「文藝春秋」に寄稿し、「『女系天皇』には、明確に反対である」と持論を述べている。

 本書は「女性・女系天皇」を認めると、皇位継承順が変わることに触れている。そこで麻生副総理の「皇室のことなら壬申の乱を勉強しないといけない」という言葉も紹介している。壬申の乱は672年、天智天皇の後継を巡って、天皇の弟と、天皇の息子が争った古代日本最大の内乱だ。勝利した弟・大海人皇子が天武天皇になり、今日につながる天皇制の礎を築いたことは『新版  古代天皇の誕生』(角川ソフィア文庫)などに詳しい。「大嘗祭」のルーツはその天武天皇の即位で初めて実施されたものだという。本書は仮に世論が「愛子派」と「悠仁派」に二分されるような事態になれば、「国民統合の象徴」である天皇の地位は足元から揺らぐおそれがある、と憂慮している。

 評者はかつて大物映画人から、「日本で絶対に作れない映画は壬申の乱をテーマにした作品だ」と聞いたことがある。その呪縛がいまも、現実の世界で生きていることを再認識した。

 本書は改元を巡る「守秘」の細部なども詳しい。役人にとっては極めて興味深い部分だろう。「おわりに」で、本書を総括した川上修政治部次長が「ここまで政府のガードの固い取材は、かつて経験したことがなかった」「取材にムダはつきものではあるが、これほど徒労感が募った取材もそうはない」と振り返っている。政権に近いと言われる読売でも、大変な苦労をした様子が伝わってくる。読みがいのある一冊だ。

 BOOKウォッチでは関連で『官邸官僚』(文藝春秋)、『水運史から世界の水へ』(NHK出版)、『旅する天皇――平成30年間の旅の記録と秘話』(小学館)、『皇室ファイル: 菊のベールの向こう側』(共同通信社)、『自民党秘史』(講談社)なども紹介している。

  • 書名 令和誕生
  • サブタイトル退位・改元の黒衣たち
  • 監修・編集・著者名読売新聞政治部 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2019年10月17日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・256ページ
  • ISBN9784103390183

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