読むべき本、見逃していない?

大嘗祭で「吠声」の役割をしていた部族は?

  • 書名 新版 古代天皇の誕生
  • 監修・編集・著者名吉村武彦 著
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2019年6月14日
  • 定価本体960円+税
  • 判型・ページ数文庫判・320ページ
  • ISBN9784044004712

 「天皇はどこからきたのか?」という思わせぶりなキャッチコピーが付いている。『新版  古代天皇の誕生』(角川ソフィア文庫)。原著は1998年に角川選書として刊行されている。本書はその文庫化だ。20年を経ているのに、さほど大幅な加筆はされていないようだ。もともときわめて充実した内容の単行本だったことをうかがわせる。歴史学者でもある新天皇も、たぶんお読みになられていることだろう。

紀元前後から奈良時代まで

 著者の吉村武彦さんは歴史学者。明治大学名誉教授。1945年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。『女帝の古代日本』『蘇我氏の古代』『大化改新を考える』(いずれも岩波新書)など多数の古代史関係の著作がある。本書の構成は以下の通り。

 第一章 倭国王の誕生とヤマト王権
  一 倭・倭人・倭国王
     楽浪海中倭人有り/邪馬台国以前/邪馬台国の王権
  二 ヤマト王権の成立
     倭国とヤマト王権/前方後円墳の成立と王宮/初期ヤマト王権の展開
  三 倭の五王と「大王」
       倭の五王/倭国王の冊封とその比定/ヤマト王権の国王称号
 第二章 自立する国王
  一 女帝の即位
     推古天皇の即位/古代の王位継承/群臣の新帝推挙と女帝
  二 大陸と列島の天子
       「日出処天子」と「日没処天子」/冊封関係の離脱/推古朝の外交と王権
  三 大化改新と王権
       大唐帝国の強大化と東アジアの政変/乙巳の変/孝徳天皇と中大兄
 第三章 天皇の誕生
   一 蕃国と夷狄の支配
     海西の蕃国/蝦夷と隼人/斉明朝の儀礼空間
  二 内外の戦争と蕃国への干渉
       「蝦夷国」の朝貢/百済滅亡と国王位干渉/壬申の乱
  三 天皇号の誕生
       律令法の成立と君主号/天皇号の成立/初期の天皇と神話世界

 この目次を見てもわかるように、古代史について多少の関心があり、知識もある読者向けだ。紀元前後から奈良時代までの王権や国家の姿を、中国や朝鮮半島の関係を重視しながら通史的にまとめている。非常に多岐にわたる出来事に言及しているので、一気に読むことは難しい。

桓武天皇の生母は百済ルーツで

 本書は単なる解説にとどまらず、はっきり著者の考えを述べているところが多いので面白い。いくつか紹介しよう。

 かつて吉村さんはニューヨークタイムズから、「天皇陵の発掘を当局が許さないのは、もし発掘調査をすれば、天皇が朝鮮系の帰化人であることが分かる。発掘させないのは、この事実を恐れているのではないか」という趣旨のことを聞かれたそうだ。これについては、「宮内庁は指定していないが実際には天皇陵である可能性が濃厚な中尾山古墳(文武陵)などが発掘されている」ことなどを挙げ、「発掘できないことと、天皇出自の隠蔽問題とを結びつけることには、無理がある」と明言している。

 ただし、平安遷都を実行した桓武天皇の生母が百済ルーツであることを紹介、「平安朝以降の天皇家には蕃国人の血が流れており、この事実は疑いようがない」とも。蕃国人とは、当時の朝鮮半島の国々の人という意味だ。しかし、これは何も天皇家に限ったことではないと補足、平安遷都後の815年につくられた「新撰姓氏録」に登場する京・畿内の古代氏族1182氏のうち約3割は中国・朝鮮出自であることも例示する。

 桓武天皇の生母に関する話は、本書単行本の刊行後の2001年12月18日、天皇誕生日前の記者会見で、平成の天皇陛下が、「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、『続日本紀』に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」と語ったこともあり、今ではよく知られている。

卑弥呼と神功皇后

 さらに本書に沿って紹介すると――。『魏志倭人伝』で倭国女王とされた卑弥呼と、第14代天皇・仲哀天皇の皇后とされる神功皇后の関係が興味深い。『日本書紀』では卑弥呼の名は出さないものの、神功皇后に充てているが、卑弥呼は「生涯独身」なので、(応神天皇の母とされる)神功皇后を充てるのは「大きな矛盾」と切り捨てる。つまり、卑弥呼と、天皇家の神功皇后は別の存在であり、卑弥呼の時代の倭国と、ヤマト政権(大和朝廷)は連続しない、というわけだ。

 前方後円墳と王権の問題についても持論を述べる。日本独特の前方後円墳の成立が、ヤマト王権の成立をも意味しているのかどうか。吉村さんは、疑問視する。なぜなら『日本書紀』で「はつくにしらすすめらみこと=最初の天皇」と位置付けられ、『古事記』で同様の扱いがされている第10代崇神天皇の前方後円墳が、最古の前方後円墳ではないからだ。崇神が実在していた時期にすでに前方後円墳は成立していたのであり、「前方後円墳秩序の形成後に、ヤマト王権が成立した」とみる。そして、「ヤマト王権の首長は前方後円墳を築いた勢力から生まれ、その連合勢力の盟主的地位についた」と推測する。

 「任那日本府」についての指摘も分かりやすい。戦前の皇国史観にあっては、誤って「植民地的経営」の元祖のように扱われたが、「日本」という名はそのころまだなかったので「日本」の国号ができた後の時期の潤色を受けている、と明快だ。

 聖徳太子の派遣した遣隋使が「日出処天子、書を日没処天子に致す。恙なきや」という国書で煬帝を怒らせたという有名な話は、日が出るところから没するところという方角の問題ではなく、同じく「天子」という文言を使ったことが原因という説を支持している。これは、このころ倭国でも国家や王の意識が高揚していた証でもあるといえそうだ。

大きかった天武天皇の存在

 歴史の中で天皇の文字が現れてくるのは7世紀後半。大阪・野中寺の仏像台座銘に見える「天皇」の文字が知られている。666年と記されている。奈良・飛鳥池遺跡から見つかった木簡からも「天皇」の文字が判読できた。677年ごろのものとされている。そして689年の浄御原令で天皇号が制度化され、少し遅れて「日本」という国号が701年の大宝律令で規定された。

 一連の動きには、天武天皇(?~686)の存在が大きかったようだ。672年の壬申の乱で大海人皇子(天智天皇の弟)は大友皇子(天智天皇の長子)との皇位継承をめぐる内乱に勝利し、翌年、天武天皇となる。古代史上最大級の政変であり、「天武は前王朝を倒し、新しい王朝を樹立したのである」と吉村さんは力を込める。そして天武天皇の神格化が進み、倭国は日本という新しい律令国家として再出発、やがて『古事記』(712年)『日本書紀』(720年)が編纂されるという流れだ。

 本書には「天皇がどこから来たか」の答えは書かれていないが、「ヤマト王権は、渡来系移住民を組織し、王権強化のために彼らを活用してきた」と記す。

 まもなく大嘗祭だが、その関連でも興味深い話が出ていた。ヤマト王権に帰順し、畿内に移住した南九州の「隼人」は元日や即位および蕃客が入朝する際などに、応天門(宮城の正門)の外で左右に分かれて立ち、「吠声を発する」係をしていたというのだ。践祚大嘗祭や遠方への行幸でも同様の役目があった。繰り返し天皇の儀式に参加することは、「服属をあらためて確認する儀礼」だったという。

 冒頭にも書いたように本書は非常に多岐にわたって専門的なことが書かれており、評者の読み違いもあるかもしれない。実際に手に取って読まれることをお勧めする。

 BOOKウォッチでは、大嘗祭がらみで『縄文の神が息づく 一宮の秘密』(方丈社)、考古学や古墳関係では『考古学講義』(ちくま新書)、『ヤマト王権誕生の礎となったムラ 唐古・鍵遺跡』(新泉社)、『天皇陵古墳を歩く』(朝日選書)、『世界遺産 百舌鳥・古市古墳群をあるく』(創元社)、朝鮮半島との関係では『「異形」の古墳――朝鮮半島の前方後円墳』(角川選書)、『渡来人と帰化人』(角川選書)、『古代韓半島と倭国』 (中公叢書)、『戦争の日本古代史』(講談社現代新書)、『深層日本論――ヤマト少数民族という視座』 (新潮新書)、このほか『万葉集から古代を読みとく』(ちくま新書)、『日本人の名前の歴史』(吉川弘文館)、新天皇の著作では『水運史から世界の水へ』(NHK出版)、中世以降の天皇については、『奪われた「三種の神器」――皇位継承の中世史』(講談社現代新書)、『中世史講義』(ちくま新書)なども紹介している。

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