大昔の日本列島はどんな社会だったのか。かつての「考古常識」はどう変わったのか。本書『考古学講義』(ちくま新書)には「考古学の最先端がこの一冊でわかる」というキャッチコピーが付いている。私たちのルーツについて、知識のバージョンアップを図りたい人向けの一冊だ。
全体は3部に分かれている。「Ⅰ 旧石器・縄文時代」「Ⅱ 弥生時代」「Ⅲ 古墳時代」。それぞれがさらに小分けされ、「列島旧石器文化からみた現生人類の交流」「縄文時代に農耕はあったのか」「土偶とは何か」など14講のテーマが並ぶ。編者は北條芳隆・東海大学文学部教授。テーマごとに気鋭の研究者が解説を担当している。
印象に残ったところを紹介しよう。
まず「アイヌ文化と縄文文化に関係はあるか」。答えから言うと、「縄文人の遺伝子的な特徴はアイヌ、沖縄人、本土人の順に強く認められ、わずかながら朝鮮半島の人びとにも認められる」。
ユーラシア大陸で話されている言語は2500以上ある。その中で、同系関係がたどれない孤立的言語は9つにすぎず、うち4つが日本列島の周辺にある。アイヌ語、日本語、朝鮮語、サハリンのニヴフ語だという。アイヌが縄文の古層を色濃く残す人びとということであれば、アイヌ語が古層の言語の特徴を最も強く残している可能性がある。「アイヌこそがやまとことばを伝える人びと」という仮説も成り立ちうることを知る。さらなる「学際的な研究が求められる」としている。
最近、『地図でみるアイヌの歴史――縄文から現代までの1万年史』(明石書店)や、『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』 (集英社新書)などアイヌ関係の出版物が目立っている。来年は北海道に国立アイヌ民族博物館も開館する。研究の進展が期待できそうだ。
戦後間もなく日本社会に衝撃を与えた江上波夫氏の「騎馬民族説」についても書き込まれている。学界では既に退けられている説だが、本書ではそのキーポイントになった「馬」について熟考している。1990年代に入って韓国で発掘調査が急増、多数の馬具が出土した。中国東北部についても2000年代に入って情報公開が進んだ。
本書は、これらの史料から、日本列島の古墳から見つかる馬具の直接的な系譜は朝鮮半島南部に求められるとする。しかし、騎馬文化が特定地域からの征服活動(または逆)によってもたらされたという見方に対しては否定的だ。あくまで、倭の社会における需要の高まりを前提とし、倭が朝鮮半島の様々な地域と主体的に交渉した結果、馬が流入したと見る。
この時期に日本列島に持ち込まれた馬の飼育状況の遺跡などから、飼育自体は故地で馬匹生産に従事していた馬飼集団の渡来によって達成されたが、和人・渡来人の雑居の中で協業によって飼育されていたと考えている。
そういえば、『公文書館紀行(第二弾)』(丸善プラネット)によれば、神奈川県山北町にある「武尾家本家資料館」の武尾家は、百済系の渡来人「馬氏」に由来し、朝廷の馬に関する職務に就いていたそうだ。本書の記述と重なるところがある。
当時、日本列島が馬の導入を急いだ背景には、南下を図って膨張する高句麗の存在があったという。倭は5世紀初頭、高句麗の騎馬軍団に大敗しており、態勢の立て直しが急務だったと推測できる。倭も馬が欲しかったのだ。このあたりは『戦争の日本古代史――好太王碑、白村江から刀伊の入寇まで』(講談社現代新書)にたっぷり書かれていた。古代の日本列島に渡来人が増えたことは『渡来人と帰化人』(角川選書)に詳しい。
本書執筆の動機について編者の北條さんは2000年秋に発覚した旧石器捏造事件を挙げている。なぜインチキを見破れなかったのか、と各方面から指摘された。「層位学」と「型式学」を軸とした考古学の研究方法自体も大きなダメージを受けた。あれから相当の時間が過ぎて、その間に新たに科学的な分析法も開発された。特に材料分析の発展は著しい。遺伝子情報の解析も飛躍的に進んだ。東アジア全体、あるいは地球規模で問題を把握する方向性も定着した。そうした潮流を踏まえ、最新の研究成果を盛り込んだのが本書だという。
本書には「縄文時代に農耕はあったのか」「弥生文化はいつ始まったのか」「鏡から古墳時代社会を考える」「出雲と日本海交流」など興味深いテーマが並んでいる。
本欄では、本書と同じように最新考古学を概説したものとして『ここが変わる! 日本の考古学』(吉川弘文館)を紹介している。科学的な分析手法の進展については『文化財分析』(共立出版)を取り上げた。弥生時代の最大級集落については『ヤマト王権誕生の礎となったムラ 唐古・鍵遺跡』(新泉社)、古代の鏡については『古鏡のひみつ――「鏡の裏の世界」をさぐる』(河出書房新社)、韓国に残る前方後円墳については『古代韓半島と倭国』 (中公叢書)を紹介済みだ。
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