川崎市にある川崎市市民ミュージアムはなかなかユニークな美術館だ。とくに「マンガ」に強いことで有名だ。現在開催中の展覧会もマンガがらみ。「連載50周年記念特別展『さいとう・たかを ゴルゴ13』用件を聞こうか・・・」(2018年11月30日まで)と、「ビッグコミック50周年展」(19年1月14日まで)と聞けば、ナットクだろう。
そしてもう一つ、「考古学」関連の展覧会にも力を入れていることでも知られている。本書『古鏡のひみつ――「鏡の裏の世界」をさぐる』(河出書房新社)は15年秋に開催された「古鏡-その神秘の力―」展をもとに、新たな書き下ろしを加えて書籍にまとめたものだ。
本書のキャッチには「見るだけで楽しめる!」とある。たしかに、非常に多くの写真が掲載されている。著者の新井悟さんは元川崎市市民ミュージアム学芸員。おそらく展覧会の担当者だったのだろう。
本書は鏡のヒストリーから説き始める。日本列島に鏡が持ち込まれたのは弥生時代前期。まず朝鮮半島に分布する鏡が現れ、中期には中国の鏡が持ち込まれる。その後も途切れることなく、中国から輸入され、そのうち日本列島でも製作されるようになる。
鏡は単に自分を映すことだけに使ったのではない。そうした実用のみにとどまらなかった。鏡には太陽の光を受けて輝くという特殊な特徴がある。そこに古代の人々は神秘のパワーを感じた。鏡の裏面には、その呪術性、神秘性にまつわる様々な文様や神仙の図像が刻まれるようになる。本書は副題に「『鏡の裏の世界』をさぐる」とあるように、そのあたりを特に熱心に調べている。
鏡の作用として、中国では単に外観を写すだけでなく、心の中までを映すという考え方も登場する。「聖人の心は天地の鑑なり。万物の鏡なり」という言葉が『荘子』にも出ているという。こうして鏡は神秘のパワーと、「徳」を体得した人の心の持ちようを象徴し、漢代を通じて、「鏡」そのものが皇帝のシンボルになっていったという。
こうした丁寧でわかりやすい解説とともに、本書は鏡の歴史をたどっていく。日本でも「三種の神器」に「八咫鏡」(やたのかがみ)が入っているのは、そうした中国の思想の反映らしい。たしかに「古事記」「日本書紀」などの物語には「鏡」が盛んに登場する。日本武尊は遠征の船に鏡を掲げた。天岩戸に隠れた天照大御神を導き出す時にも鏡が使われる。
古代史に関心がある人なら、気になるのが「三角縁神獣鏡」のことだろう。前方後円墳から副葬品として多数見つかっている。縁部の断面形状が三角形状となった大型の鏡だ。日本でのみ発掘される。中央の権力者が、支配先の地方の権力者にまで配布したものと受け止められている。
一方で、「魏志倭人伝」には卑弥呼に中国から100枚の鏡が贈られたとある。その鏡と「三角縁神獣鏡」が関係があるのか――。本書では、長年の論争や、その現況についてもコンパクトにまとめられている。そのあたりを簡単に復習しておくには便利だ。「三角縁神獣鏡」について、いろいろと細かいことを調べている研究者が多いことにも驚嘆する。
現代では、鏡の神秘性などについてはすっかり顧みられなくなってしまった。日本や世界の権力者も、鏡が自分の心を写すなどと言われた時代があったことを忘れてしまっているに違いない。「フェイク」や「忖度」だらけの今日、時には思い出してもらった方がよいような気もする。
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