この2、3年、中央官庁のずさんな公文書管理がしばしば問題になった。それでは地方はどうなのか。本書『公文書館紀行(第二弾)――取材から見えてきた「今、問われる公文書」』(丸善プラネット)は地方自治体の公文書館を訪ね、現状を報告したものだ。すでに2年前に第一弾を上梓しており、本書はその続編。
著者の長井勉さんは1948年生まれ。早稲田大学商学部卒。情報処理会社を設立し、役員を経て、現在会長職。公益社団法人日本文書マネジメント(JIIMA)役員だという。
福井県文書館、宮城県公文書館、新潟県の上越市公文書センター、秋田県の大仙市アーカイブズ・・・。似たような名前だが、要するに各地の公文書の保存を目的にした施設だ。前著を含めると34か所を実際に訪れ、現況を紹介している。
ほとんどは最近の設立、もしくは設立準備が進んでいる施設だ。きっかけになったのは国の公文書管理法。2011年4月に施行され、地方自治体でも公文書を適正に管理することが努力義務となった。その結果、各地で「公文書管理条例」が制定され、「文書館」に取り組む自治体が出てきたというわけだ。「明治150年」で、地方レベルでも歴史資料のデジタルアーカイブ化に交付金が利用できそうになったことも追い風になった。いまや地方では、「公文書を残そう」という動きがかつてなく盛り上がっていることがわかる。
本書では宮城県公文書館の震災資料への取り組みに関連し、神戸市の先例が紹介されている。神戸市では阪神淡路大震災の4年後、震災関連文書の全量保管を決め、文書担当課が「捨てないように」と何度も通知を出したそうだ。2010年から外郭団体に委託し、整理作業が始まったという。残された文書は6400箱。義援金から仮設住宅の契約書類まで膨大だ。東日本大震災の被災自治体にも参考になるのではないだろうか。
著者は国の公文書不正についても改めて書いている。特に問題視しているのは外務省の「消えた赤いファイル」だ。1960年の安保改定、68年の沖縄返還交渉、74年のラロック退役少将による日本への核持ち込み証言、81年のライシャワー発言などへの対応をまとめた公文書類。最重要の16点を含む58点がトップレベルで引き継がれていたはずなのに、のちに組織ぐるみで廃棄されていたことが分かった。
「歴史的に価値の高い公文書を廃棄したことは決して許されない行為」「組織ぐるみの廃棄は外務省のガバナンスのかけらもみえない隠蔽である」と著者の怒りは収まらない。
防衛省の「日報隠し」についても言及している。「南スーダンPKO日報の廃棄指示者はたった三日の停職、その上司の陸幕長は減給10%1か月」と罰則の軽さを指摘、「再発防止のペナルティーと言えようか」と嘆いている。
本書によれば、地方の公文書館は全体として、後世のためにきちんと公文書を残そうとする意欲にあふれているようだ。
「公文書館の取り組み方は館ごとに異なっていたが、『これまでの地域の歩みを追って、後世に向けて確実に歴史を遺していく』という各館に共通する思いを知った」という。
こうした公的施設のほかに、著者は民間の施設も取り上げている。特に詳しく紹介しているのが神奈川県山北町の「武尾家本家資料館」。この地で代々名主を務めた武尾家の1590年から昭和戦前までの約1万3000点の文書類を保管している。
同家は百済系の渡来人「馬氏」に由来し、朝廷の馬に関する職務に就いていたそうだ。のちに「武尾」姓に転じたという。そんなことまで伝え残されていることにまず驚く。
食器、作業法被、掛け軸、屏風などのほか、山林会計帳、土地の永代売渡調書、村民へのお金の貸付先と利息の一覧、冠婚葬祭時の記録、年貢、戸籍、過去帳、地元気象測候所の記録など多岐にわたる史料が残されている。子孫が自腹で「行政からの支援は皆無」にもかかわらず、資料館をつくったというから敬服に値する。これらの古文書は山北町の町史編さん作業でも利用されてきたという。
そういえば今の天皇は歴史研究が専門。地域史にこだわった歴史学者の網野善彦氏と懇談したこともある。本欄で紹介した『水運史から世界の水へ』(NHK出版)には、漢文で記された中世の古文書を読み解いている話なども出てくる。朝廷の馬に関する職務がルーツという武尾資料館には興味を示されるかもしれないと思った。
本欄では江戸時代の公文書が克明に保存され、のちの研究に役立った例として、『享保十四年、象、江戸へゆく』(岩田書院)や『犯科帳――長崎奉行の記録』(岩波新書)を紹介している。
最近の公文書問題では、『公文書問題 日本の「闇」の核心』 (集英社新書)、『監視社会と公文書管理――森友問題とスノーデン・ショックを超えて』(花伝社)、『武器としての情報公開』(ちくま新書)などを紹介している。
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