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平凡な記者はこうして「情報公開の専門家」になった

武器としての情報公開

 このダンボールの山は、何なの? 本書『武器としての情報公開』(ちくま新書)でいちばんインパクトがあるのは78ページに掲載されている写真だ。ダンボール20箱が積み上げられている。横4列、縦5段。その背後でこちらを向いて腕を広げているのが、おそらく著者の毎日新聞記者、日下部聡さんだろう。

 このダンボールは、日下部さんが「特定秘密保護法」に関して政府機関に情報公開を請求して毎日新聞社に届いたものだ。中にはプリントアウトされた資料がびっしり詰まっている。枚数にして4万枚。そこからなにが生まれたか――。

「海苔弁」に反響があった

 先に答えを言うと、5本の特報が生まれた。たとえば2014年1月27日朝刊の「特定秘密保護法違反 秘密のまま裁判、困難 法案検討時、警察庁など懸念」。これは特定秘密漏洩事件が裁判になった場合、法廷で秘密をどう扱うかについて警察庁や法務省から異論が出ていた事実を報じたものだ。さらに14年8月17日の朝刊では、「秘密保護法『必要性弱い』 内閣法制局が指摘」。こちらは、内閣法制局が特定秘密保護法の立法事実に疑問を呈していた文書に基づいたもの。

 また同じく8月にはメディア面で、「人権侵害の恐れ、担当官僚も認識」「公務員『適法』巡り、議論重ね妥協も」の上下二回の記事も掲載した。

 もっとも話題になったのは、13年10月3日の朝刊に出した「特定秘密法案検討過程『まっ黒塗り』 情報公開請求『混乱の恐れ』」。紙面では地味な扱いだったが、ソーシャルメディアで予想外に拡散した。情報公開請求をしても資料は黒塗り、いわゆる「海苔弁」状態で渡されるものが多いということを報じたものだ。日下部さん自身は、「海苔弁」に慣れっこになっていたのだが、世間ではあまり知られておらず、反響が大きかった。その後の南スーダンPKO問題の経緯を暴いた『日報隠蔽』(集英社)でも「海苔弁」と格闘したことが書かれていた。

「キミか、あのくだらん記事を書いているのは」

 政府機関から段ボール20箱の資料を入手して分析する記者、それが日下部さんだ。しかもテーマは「特定秘密法案」。相応の専門訓練を受けた記者なのだろう、と思われるかもしれない。ところが、ちょっと前までは、日下部さんも「情報公開? それってどう使うの?」というレベルの平凡な記者だった。

 1993年に大学を出て毎日新聞に入り、地方支局などを経てサンデー毎日編集部にいた日下部さんは2003年秋、当時の広瀬金四郎編集長から、石原慎太郎都知事についての取材をするように指示される。石原都知事は週に2,3日しか都庁に来ないらしい、それで知事をやっているのはおかしくないか、というのが広瀬さんの疑問だった。

 日下部さんは都庁を担当したこともないし、知り合いもいない。途方に暮れて、サンデー毎日にしばしば寄稿している地方自治に詳しいジャーナリスト、葉上太郎さんに相談した。「とりあえず情報公開請求をしてみたら」とアドバイスされ、都知事の「交際費」「旅費」「公用車の運転記録」について資料請求したのが、日下部さんの情報公開に関する最初の仕事だった。

 この資料の分析では多大な成果があり、04年1月18日号から「石原慎太郎研究」というタイトルで、「知事交際費の『闇』」「公文書が示す知事の勤務実態」などの記事を書いた。知事会見にも出て、直接、知事に質問もしたが、「キミか、あのくだらん記事を書いているのは」などと言われ、他社もこの記事を追いかけてこなかった。

「サンデー毎日」と「共産党都議団」の違い

 無人の荒野を独り行く思いをかみしめていた日下部さんだが、少したって反応があった。元区議や区議が知事交際費による高額飲食について訴訟をおこし、裁判所が一部の返還を認めた。さらに大きなうねりもやってきた。07年、共産党都議団が都知事の海外出張について、「費用が突出して高額」と記者会見したのだ。これも情報公開資料に基づいた調査だった。

 この会見内容は各メディアで報じられた。04年のサンデー毎日の記事については知事会見で「何か文句があるのかね」と平然としていた石原知事も、07年の定例会見では「反省しています」。以降は知事交際費の使用状況や海外視察の内容が都のサイトで公開されるようになった。

 「サンデー毎日」と「共産党都議団」の違いは何だったか。本書で日下部さん自身が分析している。

 第一に、「サンデー毎日」では基礎資料をすべて同誌が持っていた。他メディアはゼロからのスタートになる。「共産党」は資料を公開していた。各メディアはその情報をもとに書けばよい。「一次情報」を共有できる形になっていた。そこが最大の違いだ。

 もう一つは、日本のマスコミでは、他社が書いた記事をもとに報道する慣例がほとんどないこと。そうした場合も、「一部報道によると」「一部週刊誌によると」などの言い回しで、初報媒体をぼかして、キチンと後追い記事を書かないことが多い。最近は多少違ってきた感もあるが、過去に特報社を明示した例で思い出すのは、ロッキード事件で朝日新聞が「コーチャン証言」のスクープをしたときぐらいだろう。同業他社も「朝日新聞によると」と書かざるを得なかった。

英国では日本の5倍の「情報公開」記事

 日下部さんは最近、英国オックスフォード大学に留学した。ロイタージャーナリズム研究所の客員研究員になった。本書ではそこでの見聞も掲載されている。

 英国では、どこかのメディアがスクープを報じると、他社は平気で、スクープした社名を明示しながら後追いするそうだ。著者は、日本でもそうすべきではないかと提案する。

 もう一つは「情報公開」をもとにした報道について。英国はその先進国ではないのだが、それでも日本の5倍もあるのだという。保守系メディアも力を入れているそうだ。

 著者は社会部の警視庁担当記者として、夜回り朝回りの日々を送ったこともある。そうした取材が無意味とは言わないが、公開情報という宝の山があることを、もっと記者は知るべきだと促す。立花隆さんの「田中金脈研究」も、地道な公開情報の集積から生まれたことを改めて強調している。

 後半では個人情報の問題や情報公開制度、調査に仕える公開情報などについても言及、様々なノウハウも公開している。現在は「素人」の記者も、これらを参照すれば「専門家」に一歩近づけるのではないか。

 特定秘密法案については、本書でも「アメリカの圧力」がほのめかされていた。これは、『監視社会と公文書管理――森友問題とスノーデン・ショックを超えて』(花伝社)、『スノーデン 監視大国 日本を語る』(集英社新書)などでもそう書かれていた。

 著者は匿名で、法案に関与した官僚へのインタビューも載せている。そのやりとりなども振り返りながら、「実際に運用する官僚を含め、もっとオープンに議論できる風土ができればと願う」と書いている。肩を怒らせて何かを告発するというのではなく、あくまで庶民目線。普通の記者の素朴な疑問をもとにしているので、マスコミ関係者だけでなく公務員などの当事者もさほど違和感なく読めるのではないか。

  • 書名 武器としての情報公開
  • サブタイトル権力の「手の内」を見抜く
  • 監修・編集・著者名日下部 聡 著
  • 出版社名筑摩書房
  • 出版年月日2018年11月 6日
  • 定価本体820円+税
  • 判型・ページ数新書・253ページ
  • ISBN9784480071842
 

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