不妊に悩むカップルは10組に1組を上回るという。保険適用の対象外となる特定不妊治療(体外受精、顕微授精)は1回数十万円かかる。国による支援事業はあるものの、希望者にのしかかる精神的、身体的、経済的負担は重い。
辻村深月さんの本書『朝が来る』は、不妊治療の末に「特別養子縁組」を選択した40代の夫婦と、14歳で出産し、自ら育てることが叶わなかった中学生、その両者の葛藤と人生を丹念に描いた作品。15年に文藝春秋より単行本として刊行され、今年(2018年)文庫化された。
「特別養子縁組」とは、実父母が育てられない原則6歳未満の子どもと、子どもが欲しい別の夫婦が縁組し、戸籍上の親子になる制度(朝日新聞掲載「キーワード」より)。
栗原佐都子(さとこ)は41歳、武蔵小杉のタワーマンションに暮らす専業主婦。夫の清和も41歳、建築会社勤務。息子の朝斗(あさと)は幼稚園の年長組に通う。
「第一章 平穏と不穏」は、ある朝電話が鳴り、「子どもを、返してほしいんです。私の産んだ、子どもです。...それがもし、嫌なら、お金を、用意してください」と生気のない声の女が脅迫してくる。佐都子と清和はその女を家に呼び、会うことにする。女が名乗った「片倉ひかり」は、確かに朝斗の産みの親の名だった。しかし、現れた女は6年前に泣きながら佐都子の手を取り「ごめんなさい、ありがとうございます、この子をよろしくお願いします」と繰り返し、息子を託した少女だとはとても思えないほど、変わり果てていた。その1か月後、刑事が突然やってきて、「片倉ひかり」が栗原家を訪ねると言ったまま行方不明だと、佐都子に告げる。
「第二章 長いトンネル」は、共働きだった佐都子と清和が不妊治療に至り、なかなか結果の出ない治療を終わらせ、特別養子縁組を選択し、朝斗を迎えるまでの長い葛藤が描かれている。「第三章 発表会の帰り道」は一転して、片倉ひかりが小学生の頃、ピアノの発表会の帰り道に家族で立ち寄ったレストランでの光景を回想する場面から始まる。中学二年生で彼氏ができ、厳格な両親に反発して、親の望まない方向に突き進んだひかり。14歳のひかりは、長く過酷な道のりを歩き始める――。
辻村さんは本作について「一人でも多くの人に読んでほしいと、こんなにも思った本は初めてです」としている。まさに、これほど充実した読書体験はなかなかないと思うほど、作品に引き込まれて一気読みした。不妊治療、中学生の出産、特別養子縁組...体験者から直接話を聞く機会はなかなか得られるものではないが、本書は当人たちの心情を巧みに描写していて、とてつもないリアリティがある。
辻村深月さんは、1980年山梨県生まれ。千葉大学教育学部卒業。04年『冷たい校舎の時は止まる』(講談社)でデビュー。11年『ツナグ』(新潮社)で吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』(文藝春秋)で直木賞を受賞した。J-CAST「BOOKウォッチ」では、辻村さんの今年(2018年)の本屋大賞受賞作『かがみの孤城』(ポプラ社)をはじめ、『噛みあわない会話と、ある過去について』(講談社)、『太陽の坐る場所』(文藝春秋)を紹介済み。
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