北方領土問題が改めて注目されている。そんなこともあって何気なく本書『地図でみるアイヌの歴史』(明石書店)を手に取った。アイヌは文字を持っていなかったはずであり、はたして地図があるのか? 副題は、「縄文から現代までの1万年史」。かなり長いスパンでアイヌ問題を捉えようとしていることにも興味をひかれた。
全体は6章に分かれている。「アイヌ文化の基層にあるもの」「北日本型の新石器文化の変遷」「原アイヌ文化期」「アイヌ文化前期」「アイヌ文化後期」「近現代のアイヌ史」。
本書の最大の特徴は、タイトルにあるように「地図が多い」ことだ。ざっと見たところ百点ほど掲載されているのではないか。もちろんアイヌが作った地図ではなく、著者や多数の研究者によるものだ。それも、かなり広大な地図、ユーラシア大陸全体を見渡しながら、歴史的にアイヌの居住状況を位置づけたものが多い。そのためアイヌの問題を、今の時代の言葉でいえば、国際的な視座から見つめなおすことが出来る。類書とは一味違う面白さがある。
いくつか驚いたことがあった。例えば、蒙古襲来。日本ではもっぱら九州北部への攻撃を指すが、元の軍勢はサハリンにも到達、サハリンアイヌが防戦していた。そもそもサハリン内部では1265年、サハリンアイヌと、同じく先住民族のニブフの抗争があり、元がニブフに加勢。86年には船1000隻、一万人の兵でアイヌを襲い、その後も戦いが断続的に続いて、勝ったり負けたりしながら1308年、和平したという。この「北の元寇」の地図も掲載されている。あまり知られていない歴史だ。
江戸時代に入ると、さらに詳細になる。特に注目すべきはロシアや清との絡み具合だ。ロシアはモンゴル勢力が弱体化したすきにシベリアを東進し、1689年のネルチンスク条約で清との国境を定める。間宮林蔵のサハリン探検は有名だが、その100年前にはすでに清による探検が行われて地図も作成。サハリンアイヌは清の影響下に入っていたという。
ロシアはシベリアからの南下を清に阻まれると、カムチャッカ半島を目指す。目的は毛皮だ。さらにそこから千島列島の南進を始めて、1711年には千島列島の最北端に到達。68年にエトロフ島まで南下する。71年にはエトロフアイヌとロシアとの戦いが繰り広げられている。ロシアが南下しているという噂を耳にした老中の田沼意次がエトロフなどに探検隊を送ったのは85年だという。
日本は北方4島について「我が国固有の領土」としているが、エトロフ島に最初に「侵攻」したのはロシア人、と本書は指摘する。このあたりも大きな地図が掲載され、ダイナミックな理解が進む。
著者の平山裕人さんは1958年、北海道生まれ。北海道教育大を出て小学校の教員をしている。これまでに『アイヌ史を見つめて』『アイヌの学習にチャレンジ』『アイヌ史のすすめ』『ようこそ アイヌ史の世界へ』(以上、北海道出版企画センター刊)、『ワークブック アイヌ・北方領土学習にチャレンジ』『アイヌ語古語辞典』『アイヌの歴史―日本の先住民族を理解するための160話』『地域別アイヌ史資料集』(以上、明石書店刊)など、多数のアイヌ関連書がある。
北海道育ちだが、小・中・高ではアイヌについて全く教えられなかったという。たまたま高校生の時に、アイヌ関連書を読み、「こんな歴史があったのか」とびっくりしたのが、深入りするきっかけだ。本書では多数の参考書も列記され、索引や年表も添えられている。遺伝子から見たアイヌとか、津軽藩・南部藩のアイヌとか、先住民の権利運動など最近の世界の動向についても触れられている。アイヌ問題を通史として、ヴィジュアル的に理解するには格好の一冊ではないだろうか。
著者は、アイヌへの差別は論外だが、アイヌは同族間でも戦闘を繰り返しており、「平和で、平等で、自然を愛していた」という固定観念については同意していない。
本書では関連で、『アイヌ人物誌』(青土社)、『アイヌ語地名と日本列島人が来た道』(河出書房新社)、『つくられたエミシ』(同成社)、『鎖塚――自由民権と囚人労働の記録』(岩波現代文庫)、『菅江真澄が見た日本』(三弥井書店)なども紹介している。また明石書店の本では『精神障がいのある親に育てられた子どもの語り』、『「大学改革」という病』なども紹介している。
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