図書館の新刊本コーナーでは、書店では見つけにくい良書と出合うことがある。専門の司書が細かく目配りしているからだろう。
本書『精神障がいのある親に育てられた子どもの語り』(明石書店)もその一冊だと思う。世の中の表層には浮かび上がってこないが、見過ごされ、沈殿しているシビアな現実を教えてくれる。
精神障がいのある親に育てられた人が、それぞれの体験談を語っている。小さいころから、うちのお母さん、ちょっと変だ、お父さん、なんだか怖い、とおびえながら暮らしているうちに、どうも親が精神的におかしいと気づく。
家の中で母親と話しているときに、突然、この会話は盗聴されていると言い出す。そして筆談を強要される。そうかと思えば、寝ているときに急に布団をめくられ、「お前はオスか、メスか」と詰問される。長靴に毒を入れられたというので、病院に連れて行ったら、下肢静脈瘤の診断だった...。
第一章では9人の体験記が登場する。親の症状は統合失調症、アルコール依存症、パーソナリティ障害などさまざまだ。精神科の診療を受けていたケースもあれば、そうではなかったケースもある。
子は親がおかしいことをたいがい思春期に察知し、その現実を自分で受け止めている。両親の関係はこじれ、家庭が崩壊し始めても、悲惨な状況を友人らに話すことができない。自身もだんだん人づきあいが減って閉じこもっていく。虐待や登校拒否、いじめにもつながり、進学や就職、結婚でも苦労する。親の変調は成人後の子の生活も苛み、離婚、失職、貧困などを招きかけない。
本書は精神障がい者の家族支援などをしている埼玉県立大学保健医療福祉学部看護学科教授の横山恵子さんと、大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻公衆衛生看護学教室准教授の蔭山正子さんの共著だ。家族の会の活動などを通じて、多くの関係者と出会い、体験などを語ってもらって本書出版につながった。
ひとまとめに「子ども」といっても、幼児期、小学生、中学生、高校生など発達段階ごとに遭遇する出来事が異なる。それらの詳細を「ライフサイクルに基づく体験の整理」という項目で具体例とともに紹介し、参考となる解決例なども載せている。成人になってからも、そうした親との関係は続くので、「大人になった子どもの困難とリカバリー」についても一項目設けられている。
「子どもの支援のあり方」の章では、「母子家庭」「生活保護」など家族状況の違い、さらには、児童相談所、保育園、学校など子どもを受け入れる側の対応策についても詳述している。
正確な統計はないが、精神疾患の女性の3~4割に出産経験があるといわれているそうだ。2017年9月に本欄で紹介した『死を思うあなたへ』の著者も、精神病院への入退院を繰り返したが、のちに結婚、出産している。
近年、日本では精神疾患を有する患者数が増え、厚生省の統計では400万人に迫っている。「親が精神疾患」という子どもの数は、これからさらに増えることが予想される。保育園から高校、大学まで、子育てや教育現場に関係する人は本書のような実態を知るべきだろう。
ちなみに著者の経歴を見ると、二人とも、看護学科を卒業して看護師を経験したあと勉強をやり直し、博士課程まで進んでいる。
亡くなった日野原重明医師は生前、「私の医師としての基礎は看護師が教えてくれた」と語り、医師不足への対応策として、能力と意欲がある看護師にさらに高度の教育を施し、医師業務の一部を分担してもらう新制度づくりを、熱心に訴え続けていた。本書の著者らは看護師から医師に転じたわけではないが、現場経験を経て高次の専門教育を受けたという意味では通底する部分がある。
日本では精神疾患が増えるにつれ、関係する医師や専門の看護師などの医療従事者の数も増えている。せっせと一般受けするようなメンタル本を書いたり、畑違いのところにまでマスコミでコメントしたりするのに忙しい精神科医も散見される。本業はどうなっているのかと疑問を感じることもあるが、本書の著者や、『死を思うあなたへ』に登場する医師などを見るにつけ、現場では、困難な患者や家族と真剣に接する医療関係者が少なくないということを再確認できて心強い。
(2022年9月12日追記)記事のタイトル、および本文の一部を修正いたしました。
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