にわかに中国との緊張が高まり、日本ではいま、地政学的な関心から取り上げられることの多い台湾。その前といえば、コロナ対策で手腕を発揮したオードリー・タン氏や人気の観光地などが定番の、親日の島だ。 しかし、台湾に住む2400万人の社会がどのようなものかを知る日本人は少ない。中国本土よりは民主的だろうが、一国二制度が機能していたころの香港の水準と同じくらい、でも日本に比べればまだ民主化の途上か、というくらいの感覚が平均なところではないだろうか。
朝日新聞の台湾駐在特派員、石田耕一郎さんの『台湾のめざす民主主義』(大月書店)は、こうした固定観念を打ち壊す。女性の政治進出から同性婚などジェンダー平等の徹底ぶりに目を見張っただけでなく、住民投票制度の充実を始めとする民主制のあり様は、いつのまにか、日本のはるか先を行っていることに驚かされる。日本がアジアの民主主義の優等生と言われた時代は、いまや昔、との思いがする。
象徴的な例が、日本人と台湾人との同性婚に関する体験をめぐる話だ。台湾でも、同性愛、同性婚を認めるには長い苦難の歴史があったが、2017年に憲法裁判所が、同性婚を認めない民法を憲法違反と判断し、2019年にはアジアで初めての同性婚を認める特別法が成立した。
本書では、日本人と台湾人の男性カップルが、この法律を見越して結婚する過程が本人の言葉も交えて描かれる。日台の家族や友人も出席して結婚式までこぎつけたものの、特別法による外国人との同性婚の場合、結婚届が受理されるのは、パートナーの出身国・地域も同性婚を法制化している場合に限られるという条項に引っかかったのだ。この日本人男性は「私が日本人だから、パートナーに婚姻関係を結ぶという安心を与えてあげられないことが悲しく、悔しい」と語っている。
サブタイトルの「強権中国との対立軸」に触れた部分もないわけではないが、「日本の先を行くアジアのトップランナー」とした方がよかったようにも思う。
台湾の民主主義の歴史は短い。日本による植民地統治を経て、1949年に中国共産党に敗北した国民党による中華民国政府が置かれ、権威主義的な政治体制が続いた。政権トップの「総統」を選ぶ直接選挙が行われたのは1996年になってからだ。その後、民進党、国民党と政権交代が相次ぎ、2016年には現在の民進党の蔡英文氏が女性として初の総統に選ばれ、現在2期目である。
今年までのわずか26年の民主化の歴史は、日本人には想像もつかない深度と速度で進んだことを、本書は当事者の言葉で綴っていく。
年表風に記せば、
1998年 地方議会で性別のクオーター制度が実現(当選者の4人に1人は異なる性に)
2003年 住民投票制度成立
2005年 立法院(国会)の比例区選挙でクオーター制度が実現(当選者の男女比を同数に)
同年 行政情報の原則公開を定めた「政府資迅公開法」が施行
同年 原住民族(先住民族)基本法成立
2017年 憲法裁判所の同性婚否定の民法に違憲判決(前述)
2019年 同性婚特別法成立(前述)
といった具合だ。日本はこの間、議会のクオーター制度、同性婚について、ほとんど目に見えた動きがないのは周知の通りだ。
制度の改革を進め、多様性を推進してきた当事者の多くは市民であり、学生である。政治家はむしろ、抵抗勢力としてふるまい、リベラルとも言われる民進党もその例外ではなかった。だが、蔡英文総統はいまや、トランスジェンダーを公表し、高校に進学していないオードリー・タン氏をデジタル担当相という閣僚に起用し、世界最先端のデジタル行政を進めている。
台湾ではなぜ、民意が政治や社会を動かし、多様な価値観が認められるようになったのだろうか。本書では「台湾の人たちは、民主主義を勝ち取ってきたという強い自負を持っている。人々は、強権中国の圧力を受けながら、民主主義を守り、発展させる努力を続けてきた」と説明する。第2次大戦の敗戦後、アメリカによる占領のもとで、上からの民主主義を受け入れてきた日本人とは、民主主義を勝ち取る経験が違いすぎたということだろうか。
そして、本書最後の第4章では香港と台湾の民主化の明暗が描かれる。
台湾では2014年に、親中路線の国民党馬英九政権に反対する「ひまわり学生運動」が起き、後の蔡英文政権につながる。一方、これに触発されるように、香港でも同年、民主的な行政長官の選出を求める「雨傘運動」が起きる。ともに強権中国への対抗運動だった。しかし、香港はその後、中国による「香港国家安全維持法」(2020年)によって民主化運動は壊滅し、「一国二制度」は事実上、廃止となった。「今日の香港、明日の台湾」と言われる所以だ。
もちろん、まだ台湾の民主化にも、問題は残っている。香港から台湾へ移住する人たちの話も本書には詳しいが、台湾の親中派による香港民主活動家の密告などの動きも生々しく伝えていて、台湾もリベラル一枚岩ではない。
本書刊行後の2022年7月初め、ペロシ米下院議長の訪台に反発する中国による台湾周辺での軍事演習が続くと、日本では台湾有事が日本有事につながるのでは、との懸念が高まった。
一方、は8月下旬、朝日新聞に本書著者の石田さんによる「台湾世論8割『演習怖くない』」という記事が掲載された。
それによれば、今回の軍事演習を台湾人の78.3%が「怖くない」と答え、中国の軍事的圧力が中台統一への台湾人の意欲を「低下させる」と答えた人が55.2%だったという。つまり、中国の「威嚇」は台湾人には効いていないということだ。
台湾人たちが外からの圧力には負けないという自信を持っているのは、自分たちが進めた民主化で自分たちの社会を動かしているという実感からなのだろう。そう感じたのは、本書を読んでいたからかもしれない。台湾人は、第2の香港になるとは決して思っていないようだ。
日本人が「パイナップルと観光の島」だけではない台湾の実像を知り、日本の明日を考えるためにも読まれるべき本である。
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