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安倍元首相「国葬」の裏側を覗く臨場感 賛否の前に読んでおくべき本

国葬の成立

   2022年7月8日に銃撃により死亡した安倍晋三元首相の「国葬」が9月27日、日本武道館で行われる。吉田茂元首相以来、55年ぶりの国葬という儀式に、国民の見方や意見は今、分かれている。安倍元首相の歴史的な評価から、法律的な手続き論まで、さまざまなレベルの対立が表面化している。

   だが、吉田の国葬を含め、日本における国葬とはこれまで何だったのかについて、メディアを含め国民的な議論が展開されることはほとんどなかったといっていい。

   中央大学文学部教授の宮間純一さんの『国葬の成立』はそうした議論を進めるうえで基本的な資料といえる。国葬問題が浮上するとすぐに多くのメディアで本作や宮間さん自身の論考が取り上げられてきた。2015年初版発行の本書だが、今回の国葬問題で注目を浴びたことから、2022年8月に急遽、重版がかかった。逆に言えば、日本の明治以降の国葬の歴史を正面から取り上げた著作はほとんどなかったということだろう。

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『国葬の成立 明治国家と「功臣」の死』(勉誠出版)

暗殺と結びついていた日本の国葬

   本書の主題をサブタイトルも含めて要約するなら、「近代国家」という体裁を作り上げていく中で、明治以降の日本が、西欧に学んで、天皇と国家の意思を国民に知らしめる政治的なメッセージの伝達装置として誕生させたのが国葬、ということになる。

   学術書の体裁だが、国葬が日本の国家の儀式として定着する過程を実証的に記述したページをめくっていくと、現在、政府のもとで進められているであろう「安倍国葬」の準備の裏側を覗いているような臨場感を覚えるはずだ。

   その理由の一つは、国葬の前史ともいえる明治政府と天皇による「功臣」の葬儀が、「暗殺による死」と分かちがたく結びついており、安倍元首相の死との共通項を想起させるからだ。

   本書前半で取り上げられる参議広沢真臣(長州出身)と参議兼内務卿大久保利通(薩摩出身)はともに政権の中枢にいたとき、暗殺によってこの世を去っている。その時期は広沢が1871(明治4)年、大久保は1878(同11)年と、不平士族などの動きがやまず、まだ明治政府が安定していない中での出来事だった。大久保を暗殺したのは石川県の不平士族らだったが、広沢を暗殺した犯人は今も謎のままといわれる。

   安倍元首相の死は、旧統一教会に恨みをもった容疑者が、旧統一教会と関係があった安倍元首相を標的とし、手製の銃で銃撃したことによるとされる。銃撃時に首相の座にはなかったとはいえ、憲政史上最長の首相在職期間を経て、自民党最大派閥のトップという「実力政治家」だったことを考えると、明治期の大久保らの死とイメージは重なる。

   明治政府が「国葬化」で打ち出したメッセージは、暗殺された天皇の功臣への追悼であり、反政府勢力には屈しないという意思だった。岸田政権が安倍元首相を国葬とした理由は、戦後最長の首相期間を称え、外国要人多数の弔意にこたえるとともに、民主主義の擁護のため、というものだ。二つの間には、大きな差があるように思えるが、国を挙げて凶弾に倒れた権力者を追悼するというメッセージはダブる。旧統一教会問題は捨象される可能性がある。

国葬規定は明治期もなかった

   当時と今回に既視感のようなものが漂うもうひとつの理由は、当時も日本に制度上の「国葬」を根拠づける法律や規定がなかったことだ。広沢、大久保らの死に伴い、明治政府は急ごしらえで、西欧その他の諸国の国葬に関する規定や儀礼の在り方を調査して、日本流に当てはめるべく官僚たちが奔走している。正式の国葬既定のない状況は1926(大正15)年公布の「国葬令」まで続いた。そして、1947(昭和22)年に国葬令は失効しているから、日本で国葬が法律上規定されていたのは21年間に過ぎないことになる。

   今回の「安倍国葬」について、岸田政権は閣議決定で挙行を決めており、野党などから批判されている。吉田の国葬の際も同じ理由による反対意見はあり、その後、歴代の首相の死についての国葬は実現してこなかった。しかし、近代日本の「伝統」からすれば、今回は明治期の「国葬」の復活とさえいえるかもしれない。

国葬の本質はスペクタクル化

   本書では、大久保の葬儀は「準国葬」と位置付けられている。その後、非公式ながら「国葬」の名が冠せられたのは、1883(明治16)年の前右大臣の岩倉具視の葬儀であり、本書では「最初の国葬」とされる。そして、「国葬の完成」とされているのが、1891(明治24)年の三条実美内大臣の葬儀であり、これらを含め、明治憲法下での国葬の対象は20人だった。

   これらの国葬に共通していたのは、天皇の関与、全面的な国費の投入のほかに、「葬列の可視化」があった。本書の言葉を使えば「スペクタクル」(見世物)化である。儀仗隊などを伴いながら、白昼、棺とともに行進するありさまは、まさにパレードであり、その周辺には全国から国民が押し寄せた。江戸時代までの権力者の葬送が、時間帯も夜間などで、国民の目からは遠ざけられたのとは対照的だ。

   その目的について、本書は、一人の「功臣」の死と功績を国家全体で共有化し、国民としての一体化を生むイベントにするため、と総括している。

   さて、「安倍国葬」である。どのようなスタイルになるのかはまだわからないが、テレビを中心にインターネットも含めた生中継が行われるのは確実だ。通常番組やCMを飛ばしての安倍晋三元首相の特別回想番組もあるだろう。非日常的なメディア空間が現出し、吉田時代とはまるで違うスペクタクルが展開されることになる。その際、メディアが「安倍晋三」という政治家をどう表現するのか、国家の伝達装置をどのように担うのか、目を凝らす必要はある。

   終章でも触れられているように、本書では、国葬を受け取る国民の側の反応については、あまり触れられていない。それが受容であれ反発であれ、さしずめ、55年前の吉田国葬のときのメディアと国民の反応をインターネットなどで今のうちに知っておくことも重要だろう。

   凶弾に倒れた元首相によって国葬が復活する。そのことの意味の大きさを本書は歴史上の事実で語りかけている。



  • 書名 国葬の成立
  • サブタイトル明治国家と「功臣」の死
  • 監修・編集・著者名宮間純一 著
  • 出版社名勉誠出版
  • 出版年月日2015年11月20日
  • 定価3520円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・277ページ
  • ISBN9784585221302

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