読むべき本、見逃していない?

幕末の確執が現代の政治対立まで続いている!

天皇と右翼・左翼

 近現代日本を動かしてきたのは、幕末以来の天皇家と伏見宮系皇族(旧宮家)の対立と裏社会の暗闘であるというのが、本書『天皇と右翼・左翼』(ちくま新書)の主張である。従来の右翼・左翼観を打ち破り、近現代日本の支配層における対立構造を天皇を軸に描き直した意欲作である。

昭和天皇は朝日新聞に近かった

 著者の駄場裕司氏は、1964年生まれ。東京大学文学部卒。朝日新聞記者、東京大学大学院人文社会系研究科修士課程を経て、広島大学大学院社会科学研究科博士課程後期修了。博士(学術)。現在は著述業。著書に『後藤新平をめぐる権力構造の研究』、『大新聞社――その人脈・金脈の研究日本のパワー・エリートの系譜』、『日本海軍史の研究』(共著)がある。巻末の主要参考文献の範囲の広さと数の多さに圧倒された。

 元朝日新聞記者という経歴のせいだけでなく、朝日新聞社にかかわる記述が多い。いわゆる朝日新聞社=「左」寄り、産経新聞社や自衛隊は「右」寄りで、「右」寄りであれば天皇に近いという定説に異を唱えている。

 昭和天皇が公職追放軽減を求めたただ一人の人物が、東京朝日新聞社論説委員だった前田多門(前文相)だったことを、『昭和天皇実録』を引用して説明している。また、昭和天皇は朝日新聞社主家の村山長挙と会った回数は27回とマスメディア関係者の中で突出しているという。村山長挙が「岡部子爵家(旧岸和田藩主家)からの養子で、実兄岡部長景(東條内閣文相)が内大臣秘書官長兼式部次長、実弟岡部長章が侍従を務め、宮中とのパイプが太かったため」と推測している。一方、全国紙であっても産経新聞社の代表と会ったことは一度もない。1979年にフジサンケイグループ会議議長鹿内信隆と会っているが、彫刻の森美術館館長の資格である。

 こうした事実を「はじめに」で紹介し、実態と違うイメージで理解されがちな日本の「右翼」・「左翼」の位置を根本的に書き換えることが、本書の目的だとしている。

玄洋社人脈に注目

 第Ⅰ部の「揺れ動く『右翼』と『左翼』」では、「日本右翼の源流」とされる玄洋社の頭山満と「東洋のルソー」と呼ばれた中江兆民、アナキストの大杉栄・伊藤野枝夫妻ら「左翼」とされる人物との交流を紹介している。また、日本共産党も戦前は玄洋社との関係が深かったことを指摘している。

 「世界標準の社会科学用語としての右翼と左翼の概念と対立軸が戦前日本には適用できないことは明らかであり、その意味するところや実態は不明瞭である」

 前著で後藤新平の権力構造を明らかにした著者は、後藤新平の「左翼」人脈や後藤人脈の天皇家との関わりを次々に例証している。

人脈と家系図でたどる

 さきに名前を挙げた前田多門は、「新渡戸四天王」と呼ばれた新渡戸稲造門下の後藤新平系官僚の一人。長男の元東京大学教養学部教授前田陽一(フランス文学)は、上皇のフランス語の師匠であり、長女の元津田塾大学教授神谷美恵子(精神医学・フランス文学)は上皇后の皇太子妃時代のカウンセラーだった。

 このように人脈と家系図をたぐり、権力構造を明らかにするというのが駄場氏の手法である。元老松方正義の一族と同盟(共同)通信社、朝日新聞社幹部の婚姻関係をまとめた図を見ると、そのつながりに驚かされる。朝日のもう一つの社主家である上野家と元同盟社長、元共同社長、元朝日主筆、元朝日社長、さらには緒方貞子さんらの名前があり、壮観である。

戦後の保守本流と最も近かった朝日

 吉田茂から池田勇人の宏池会に始まる戦後の保守本流と最も近いのは、朝日だったことを詳しく解説している。そのキーマンが太平洋戦争中に朝日から内閣入りした緒方竹虎だ。福岡出身の緒方は玄洋社人脈がバックだった。2005年にCIAが機密解除したファイルをもとに、戦後、CIAが緒方政権擁立に動いたことを紹介している。

 また、戦後、朝日の「顔」だった常務取締役兼論説主幹の笠信太郎は、最初から安保改定に賛成であり、「暴力を排し 議会主義を守れ」の七社共同宣言は笠の主導で出されたと見ている。

 そして、60年安保で実際に反対の論調をとっていたのは、朝日ではなく、「右」の産経だったことを当時産経の東京本社社会部次長だった青木彰(その後取締役東京本社編集局長)の証言で明らかにしている。

 これらはいずれも「左右」両陣営が「不都合な真実」として隠蔽している、と指摘する。ここまでが第Ⅰ部で、第Ⅱ部を理解する上での補助線となっている。

倒幕派と公武合体派の確執

 第Ⅱ部の「天皇家vs.伏見宮系皇族・『右翼』」は、あまりに広範囲に論が展開しているので、章タイトルを記すに止めたい。タイトルを見れば、おおよその主張はつかめるだろう。

 4章 貞明皇后vs.久邇宮家――倒幕派と公武合体派の確執1
 5章 昭和天皇vs.伏見宮系皇族軍人――倒幕派と公武合体派の確執2
 6章 天皇制はなぜ残ったのか――「右翼」「左翼」双方の誤解
 7章 六〇年安保――天皇・田中清玄・ブントvs.岸信介・共産党・社会党
 8章 「左右」連合の諸相

 伏見宮系皇族のうち倒幕派・天皇家と最も強い確執があったのは久邇宮家である。初代久邇宮朝彦は、後ろ盾だった孝明天皇が亡くなると勢いを失い、王政復古で免職となった。皇學館大学の前身、神宮皇學館を設立している。第二代の久邇宮邦彦は香淳皇后の父親である。皇族の数を制限しようとする山県有朋ら政府首脳と対立し、これが伏線となって「宮中某重大事件」が起きた。ほかに靖国神社と縁が深い北白川宮家にも言及している。

 倒幕派・天皇家派と公武合体派・伏見宮系(旧)皇族派という対立軸と親英米・現状維持派と反英米・現状破壊派という軸をクロスさせた図が実に明解である。同じ象限に伏見宮系(旧)皇族、長州閥反英米派、「左翼」多数派、日本会議が位置する。

 対米戦争へ主導したのは反英米的な軍・伏見宮系皇族・一部の長州閥有力者で、彼ら右派は昭和20年8月15日の宮城事件、三島事件など数多くの事件を起こし、潜在的に反(昭和)天皇だったことを多くの資料をもとに説明している。

 戦後の「左右」両陣営が同じことを隠蔽してきたという。その意図、目的、願望は同じだとしている。その驚くべき結論は、本書で確認してもらいたい。

 平成が終わるときに、安倍首相と平成の天皇との齟齬が明らかになったが、その理由も理解できるかもしれない。

 BOOKウォッチでは、『暴走する日本軍兵士――帝国を崩壊させた明治維新の「バグ」』(朝日新聞出版)、『なぜ必敗の戦争を始めたのか――陸軍エリート将校反省会議』(文春新書) 、『ニュースが報じない神社の闇――神社本庁・神社をめぐる政治と権力、そして金』(花伝社)、『天皇陛下の味方です』(バジリコ)など関連書を多く紹介している。

  • 書名 天皇と右翼・左翼
  • サブタイトル日本近現代史の隠された対立構造
  • 監修・編集・著者名駄場裕司 著
  • 出版社名筑摩書房
  • 出版年月日2020年3月10日
  • 定価本体1000円+税
  • 判型・ページ数新書判・347ページ
  • ISBN9784480073044

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