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定年延長問題の前に「検察神話」は崩壊している

検察

 検察官の定年を引き上げる法案改正が大騒動になっている。「#検察庁法改正案に抗議します」のハッシュタグに小泉今日子や浅野忠信といった有名芸能人も多数参戦し、数百万のツイートが寄せられているからだ。予想外のところからも噴出する批判の拡大に、政権も内心慌てているに違いない。

 検察とはどういうところなのか。本書『検察――破綻した捜査モデル』 (新潮新書)は2012年刊。少し古いが、この機会に読み直してみた。

検察取材の第一人者

 著者の村山治さんは1950年生まれ。早稲田大学政経学部卒。毎日新聞を経て91年に朝日新聞に移り、社会部記者、編集委員などを務めてきた。著書に『特捜検察vs.金融権力』(朝日新聞出版)、『小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争』(同)、『市場検察』(文藝春秋)などのほか、共著に『バブル経済事件の深層 』(岩波新書)、『田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と特捜検察「栄光」の裏側』(朝日新聞出版)など。バブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道に一貫して関わり、「検察取材の第一人者」としてマスコミの世界では有名な人だ。

 本書は2009年に大阪地検特捜部が摘発した郵便不正事件を受けて書かれたもの。10年に行われた裁判では、ずさん捜査が指摘され、村木厚子・元厚労省局長が無罪になった。しかも主任検事が、あろうことか、証拠捏造で逮捕される。同じころ、東京地検特捜部が小沢一郎衆院議員の政治団体を舞台にした政治資金規正法違反事件を摘発していた。こちらも元秘書らに対する検事の取り調べに無理があったとされ、裁判所が供述調書を証拠から排除した。

 特捜部といえば検察の象徴。ところが東西の特捜部で捜査手法に問題があったことが明らかになり、検察全体への信頼感が大きく揺らいだ。

 なぜ検察で不祥事が続くのか。ロッキード事件で元首相を逮捕するなど、最強の捜査機関といわれた栄光はどこへ消えたのか。そうした問題意識が、本書の起点になっている。

「司法制度改革」が影響

 本書は「第1章 諸悪の温床『取り調べ』」「第2章 『特捜検事の犯罪』はなぜ生まれたのか」「第3章 『国策捜査』はあるのか」「第4章 『小沢捜査』はなぜ批判を浴びたのか」「第5章 『検察の正義』って本当に正義?」「第6章 メディアは検察の共犯者なのか」「第7章 検察の組織と出世双六」の7章構成。

 特に興味深いのは、従来の「ビジネスモデル」が揺らいだ、という視点から「検察神話」の崩壊を分析していることだ。

 検察が起訴した事件を、裁判所は99%有罪にする。これが検察と裁判所が作り上げてきた「日本の検察はすごい」という「ビジネスモデル」だ。警察から送致されてきた事件を検察が腑分けし、有罪になりそうもないと思ったら、起訴しない。これが第一段階。検察官によって、交通整理された事件を裁判所は安心して有罪にする。これが第二段階。しばしば「無罪事件」が話題になるが、これはめったにないからこそニュースになる。

 ところが2000年代に具体化した司法制度改革が、検察と裁判所の蜜月を変えたのだという。一つには、検察審査会への起訴権の付与。検察が不起訴とした案件を、「おかしい」と感じた国民が検察審査会に申し立てる。とくに2009年5月から、検察審査会の議決に強制力を持たせる制度が導入されたことが大きい。もう一つが、裁判員裁判。04年5月に法律として公布、09年5月から施行された。18年7月までに1万3000件余りの裁判が行われ、8万5000人ほどが裁判員あるいは補充裁判員になっている。検察が起訴した案件が無罪になる可能性がある。検察と裁判所の双方に、緊張感が増すことになった。

 実際、裁判所は「市民の目」を意識するようになり、すでに司法制度改革が動き出していた04年ごろから検察側の証拠に対する見方も厳しくなったという。特捜事件も例外ではなくなる。村木さんの無罪判決では、特捜検事の作成した供述調書は「任意性がない」としてほとんどが証拠から排除された。

 特捜部の扱う贈収賄の難事件では、簡単には物証がそろわない。そこで「取り調べ」重視。被疑者の供述をいかにして引き出すかが検事の腕の見せ所とされていた。一方で、長期間拘留して取り調べる「人質司法」はしばしば批判されてもきた。容疑を否定し続けた村木さんは約5か月も身柄を拘束され、自白を迫られたという。

 本書で知ったのだが、先進国で検事が自ら取り調べもやっているのは日本と韓国ぐらいなのだという。その韓国も戦前の日本の影響によるものらしい。日本ではすでに8世紀の「養老律令」に、「断罪には必ず自白を必要とし・・」とあり、長い伝統なのだという。

 先進国では、無理な取り調べはしない代わりに、おとり捜査や盗聴、刑事免責など別の方法が認められてきた。日本でもそれらに類する方法の必要性が検討されるようになり、2018年6月1日から司法取引制度がスタートしている。

ゴーン被告は海外逃亡

 郵便不正事件で組織が大きなダメージを受けた検察。この2、3年で記憶に残るのは、文部科学省汚職事件や、カルロス・ゴーン事件ぐらいだ。後者は司法取引の例として注目され、新しい検察が期待されたが、肝心のゴーン被告に海外逃亡された。これも、本書の「ビジネスモデルの崩壊」という視点で見るとわかりやすいかもしれない。特捜部は長期の「取り調べ」による「自供」を重視したが、裁判所は国際世論の「人質司法」批判を考慮、検察と裁判所の「蜜月終焉」を象徴する事例ということになる。

 とにかく有力政治家がらみの事件は久しく聞かれない。むしろ、森友事件の処理に見られるように、検察が政権に忖度しているのではないかという疑念が強まっている。

 そうした流れの中で起きているのが、定年延長問題だ。一般に検事の定年後は保障されている。弁護士に転身できるし、公証人ポストもある。検事長クラスだとさらに潤沢だ。しかもコロナで大変な時期にもかかわらず、なぜ定年延長法案の成立を今国会で急ぐのか。大方の見方では、政権に近いとされる黒川弘務東京高検検事長を次の検事総長に就かせようという政権側の目論見と関係するのだという。黒川氏は本来なら今年2月に定年退官だったが、すでに特例で半年の定年延長がなされている。

 検察OBからも批判や疑問の声が目立っている。その一人、元特捜検事の郷原信郎氏は、「検察官定年延長法案が『絶対に許容できない』理由」と題し、ネットで以下のような指摘している。

 「今回の法案は、国家公務員法(国公法)の改正と併せて、検察庁法を改正して、検事総長を除く検察官の定年を63歳から65歳に引き上げ、63歳になったら検事長・次長検事・検事正などの幹部には就けない役職定年制を導入するのに加えて、定年を迎えても、内閣や法相が必要と認めれば、最長で3年間、そのポストにとどまれるとするものだ。それによって、検察官についても、内閣が『公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める事由がある』と認めるときは、定年前の職を占めたまま勤務させることができることになる」

 要するに、内閣や法相の意向で、検察幹部の定年延長が自由自在ということだろう。検察幹部は政権の顔色を気にせざるをえなくなる。誰が考えたのか、すごいことを思いつくものだ。検察は「一体」が大原則。トップが政権に弱ければ、下までそれが徹底する。黒川氏の定年延長問題は一代限りの個人的なものだが、同じようなことはこれから代々続き、政治と検察の関係に、決定的な歪みを生じさせることになりかねない、ということはすぐに想像がつく。検察OBの危機感は相当のものだろう。共同通信は5月14日、「元検事総長らが定年延長に反対 法務省に意見書提出へ」というニュースを流している。

 著者の村山さんはかなり早い時期からネットの「法と経済のジャーナル Asahi Judiciary」でこの問題を書いている。「官邸の注文で覆った法務事務次官人事 『検事総長人事』に影響も」(2016/11/22)などだ。「『政治からの独立』という検察の『結界』はついに破れたのか」と指摘、今日の事態を予測している。

 ところで、なぜ黒川氏は、自分自身がいわば「政治案件」になり、世間から疑惑の目で見られ、結果的に検察の価値を下げている今日の事態を潔しとせず、辞任しないのかと思う人もいるだろう。村山さんの記事によると、現在、一歳下の同期との出世レースが最終段階になっているらしい。現状では黒川氏がリードだが、最大のネックが年齢問題なのだという。何となく合点がいった。もちろん話がここまでこじれると、もはや動きが取れないということもありそうだが。

 BOOKウォッチでは関連で、『ケーススタディ 日本版司法取引制度 会社と社員を守る術 平時の備え・有事の対応』(ぎょうせい)、『裁判員制度は本当に必要ですか?――司法の「国民」参加がもたらしたもの』(花伝社)、『絶望の裁判所』 (講談社現代新書)、『裁判官も人である』(講談社)、『悪だくみ――「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』 (文春文庫)、『官邸ポリス 総理を支配する闇の集団』(講談社)、『官邸官僚』(文藝春秋)、『犯罪「事前」捜査――知られざる米国警察当局の技術』(角川新書)、『消えた21億円を追え――ロッキード事件 40年目のスクープ』(朝日新聞出版)、『田中角栄――同心円でいこう』(ミネルヴァ書房)なども紹介している。

  • 書名 検察
  • サブタイトル破綻した捜査モデル
  • 監修・編集・著者名村山治 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2012年8月20日
  • 定価本体740円+税
  • 判型・ページ数新書判・239ページ
  • ISBN9784106104817

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